引っ込み思案な「幼稚園にいる長男」、と自分

幼稚園で芋掘り、幼稚園の顔

いつか書きたいな、と思っていたことがある。それは長男のこと。長男は家では楽しそうに笑い、姉や妹達と楽しそうに遊び、時には強気になってけんかもしているけれど、幼稚園ではおとなしい。友達をつくるのが苦手なようだ。どこにいっても10分もすると新しい友達をつくってしまう長女とは大違い。

幼稚園で買う写真はしかめっ面のものやぎこちない笑顔のものがほとんど。「幼稚園で外で遊ぶときは一人で遊ぶんだ」とか「今日も一人で遊んだ」という話をきくと胸が苦しい。

心配・・・長男の気持ちがよく分かる。分かるだけに苦しい。なぜ分かるかって、今の外側の自分しか知らない人は信じられないかもしれないけど、自分がそうだったから。

私自身も保育園も幼稚園も好きじゃなかった。好きじゃなかっただけにほとんど記憶にないし、記憶に残っているのも嫌なシーンばかりだ。

幼稚園バスで、他の子達がわいわい話をしている中、一人窓の外を眺めている場面や、楽しそうに遊んでいる子供たちを遠くに見ながら、おやつかなにかで配られる薄いオレンジジュースだけを楽しみに立ち尽くす場面、園外保育で行った公園で女の子達にからかわれている場面。

実は私は3歳か4歳くらいのときにアメリカに一年行っていて、帰ってきたら日本語はきれいさっぱり忘れていて、父とも会話ができないくらいだった。それもあって保育園ではうまくいかなかったのかもしれないと思っていた。(ちなみにその反動か、数年後にはきれいさっぱり英語は忘れて、中学から勉強し直した)

でも長男をみていると、やっぱりそういう性格だったのかな、と思う。「だった」というか本当は今もそうなんだと思う。大学生のときにそれを克服しようとスポーツクラブでバイトしたこともあった。スポーツクラブって実はお客様との会話が仕事の中の大きな部分をしめている。

その後、仕事で強制的に大勢の人の前に、しかも怒っている大勢の人の前に立つという場面が年30回以上数年経験したら、人前にでてこわい、ということはほぼなくなった。

話がそれてしまったけど、友達が少しずつできてきて一緒にいるのが楽しい、と感じ始めたのは小学校に入ってからだったような気がする。

その転機は、運動だ。私は鉄棒や体操、かけっこなど運動が得意だった。小学生のころって運動ができる子はなぜか人気になる。私は人付き合いがあまり得意ではなかったので、人気、とまではいかなかったけど、自分から近づかなくても、向こうから近づいてくれるようになった。

これは大きかった。たぶんそこで初めて友達といると楽しい、ということを知った。そうでなければ自分から話しかけたり友達になったりすることはできなかったんじゃないかと思う。

だから今でも、なかなか積極的になれない子や、引っ込み思案な人は好きだ。自分自身をみているようで応援したくなる。

バス停で、家での顔

長男にもなにかきっかけになれるものをつくってあげたい。まずは、単純だけど、小学校に入るまでに運動を得意にしてあげたいな。これはきっと、ある程度は努力でできることだから。努力といっても親の努力だよね。今はあまりにも時間がなさすぎて外で一緒に遊んであげられる時間がない。これじゃあ運動ができるようになんてならないかも。少しずつでも無理やりでも時間をつくって子供たちの将来のために時間を割きたいと思う。

長女も友達関係でいろいろ悩むこともあるようだ。女の子でもスポーツができたり、勉強ができたりする子は人気があった。もちろんそのためだけ、というわけではないけど、自信を持つための補強材料にするためにも、運動したり、一緒に勉強したり、そういう時間をつくりたいな。

自分に対する自己評価が高い、というのはとっても重要なことだと思う。根拠のない自信でいいと思う。でも根拠があればより楽に自信をもてると思うから、そのための機会は用意してあげたい。

無理はしなくてもいい。別に一人でいたっていいんだ。自分が楽しいと思うことをすればいい。正しいと思うことをすればいい。本当に友達が欲しいと思ったときには、きっといつでもつくれるよ。もし、どうしても寂しいと思ったときには、私はいつも君の味方だということを思い出して欲しい。

長女、おばけ?のかぶり物?をつくる、家族が増えた

みやにー

長女はものをつくるのが大好きだ。この日は着ぐるみをつくった。おばけの「みやにー」ちゃんだ。これをかぶってショーを見せてくれた。

ねています

夜には「ねています」のプレートを作って毛布をかけて寝かせていた。

「からにー」作成中

それをみた長男は自分も作って欲しいとおねだり。

「からにー」の内側

「からにー」も「みやにー」もかぶる人が間違えないように「まえ」と「うしろ」が分かるように書かれている。さらに終わったときに見えるように「おつかれさま」の文字も。

「おきたよ」プレート

「おきたよ」プレートも作成。裏に返すと「ねています」プレートになる。

「からにー」

からにーを装着して長男も大喜び。

三女も

三女もからにーを装着して嬉しそう。

その後、「次女「M」ー」と「やらにー」が加わって今うちには4つ(人?)の家族が増えた。寝る前にはみんなに毛布をかけてプレートを「ねています」にして、朝起きると「おきたよ」にかえる。当面は捨てられないだろうな。

何かを察したのか、長女が妻に「みやにーとかさ、使わないときは大事なものをいれる箱にしたらいいんじゃない」と言っていたという。

今日もAmazonの箱が届いたけど、これ以上は増えないように気をつけないと・・・。

バスで一緒に幼稚園へ

今朝は子どもたちと一緒に路線バスにのって幼稚園に送ってから仕事の打ち合わせの予定。

外はなんだか寒そうだけど、やっぱり一緒に行くのかな。

幼稚園バスの方が外にいる時間が短くてすむから寒くないしもっと長く寝ていられるし、楽だと思うんだけど、子どもたちは一緒に行かれるときは、必ずといっていいほど一緒に行きたいと言う。大人にとっては何でもないんだけど、バスに乗るだけでも楽しいんだろうな。

私としては
・子どもたちの起床時間が1時間早くなる = 朝の仕事時間が1時間短くなる
・出発がぎりぎりになるのでバス停までが慌ただしい
というデメリットもあるけど、やっぱり子どもたちと一緒に行くのは嬉しい。

妻は、幼稚園バスの送迎場所までとはいえ、上の二人に加えて1歳半の双子を連れて外に出るとなると準備だけでもかなり大変。

なので朝、幼稚園バスの時間に私がいるときは私が送りに行って、幼稚園方面へ仕事へ行くときは今日みたいにバスで連れていく。

送迎場所への送り迎えや、路線バスで一緒に幼稚園に行くのはとても楽しい。こんなことができるのも今だけだし。といっても双子達も合わせるとあと5年はあるのかな。

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重松清さんの講演「はやくしなさい!」と仲直り

重松清さんの講演を聞いてきた。


重松清さんの本との出会いは、もう10年くらい前になるだろうか、彼女(今の妻)を車で家まで送ってその帰りに何気なくつけたラジオで定年ゴジラ (講談社文庫)の朗読をきいて、その続きが気になって買って読んだのが最初。

その後、立ち寄った本屋さんで見つけては買って読んでいた。いじめや自殺について扱った

などの重い作品も好きだけど、読み続けているのは

という作品に出会ったから。

基本的には家族や友達の話が多い。どこにでもありそうで、いつか自分も似た状況になりそう、苦しいけどがんばっていて、万事解決とはいかないけど光は見える、そんな作品が多いように思う。元気がないときや生きている意味を見失ってしまったとき、あるいは勘違いしていそうなときに読むと、しみ込むように体に入ってきて、またがんばろう、という気にさせてくれる。

実はこのラジオでの出会いまでは、あまり小説を読むことは無かった。全く読まないということは無いけど、日本の作家で、作家名で探して読む、ということはまず無かった。実は今でも重松清さんしかない。もちろん読むきっかけがないというだけで、好きじゃないから読んでいないということではないので、お勧めの作家さんがいたら教えてくれると嬉しかったりする。

と、本題に入る前までが長くなってしまったが、講演の内容はとてもよかった。
内容はこんな感じ。(テープからおこしたわけでもないし、一日置いて勝手な自分の思いも入っていると思うので、これが全てではないし多少内容も変わってしまっているかもしれないけど、その辺は割り引いて読んでください。)

・多様性が認められる時代になった
 ・それにより選択肢が増えた
 ・迷うことが多くなった。エアコン一つでも迷う、そして直前で判断を変えたり、買った後も後悔したり。
 ・子どもたちも迷う
  ・ファミレスのメニュー選びでも迷う
  ・最近の親が使う一番多い言葉は「はやくしなさい」(昔は「普通は・・」)
  ・「はやく」と言わないであげてほしい
  ・「はやく」と言われると選択することをやめて親などに任せてしまう
   「なんでもいい」「お母さん決めて」
  ・自分で選択していないものは選択した人の責任にできる、したくなる
  ・人生の選択についても同様のことがいえる

・子どもたちが小さなけんかをする機会が減った
 ・一人っ子が増えた
 ・一人っ子でも意識的に小さな子同士で一緒にいられる機会をつくってあげて欲しい
 ・けんかをすると仲直りをする、この仲直りをするという経験が減ってしまった
 ・とても仲のいい友達がたった一回のけんかから傷害に発展することも
 ・仲直りができないのでけんかができない
  ・友達に本音でぶつかれない
  ・本当の友達ができず、友達がたくさんいても寂しい
  ・友達といると気を使う、一人になると気が抜けて楽になる
 ・小さい頃からけんかを経験しいろんな仲直りのパターンを経験させてほしい
 ・自分の本はいろんな「仲直り」を書いている

その他、
 ・多様性が認められるようになったが、悪気はないのだけど偏見はある
  「両親が働いていて家に帰ってくると誰もいないのはかわいそう」
  「一人っ子はわがまま」
  ・これらは想像力の欠如。想像力は重要。
 ・本もたくさん読んでほしい
  ・古今東西のいろんな人が同じ悩みをもっていると思うと少し気が楽になる
という話もあった。

おおまかにいうとこんな感じの内容だったと思う。

自分にとってはとても有意義な内容だった。本や講演は読んだり聞いたりしても時間が経つとだんだんと忘れてしまうのだけど、今回のキーワードは勝手に「多様性」「はやくしなさい」と「仲直り」3つだと思っていて、この2つの言葉だったら忘れないでいられそう。(ちなみに重松清さん自身は「多様性」という言葉は一度も使っていない。)このそれぞれのキーワードを思い浮かべればいろいろと思い出したり、頭の中で発展させることができそう。

ちなみに講演会を聞いている間の約2時間、妻は近くの公園で子どもたち4人をみてくれていた。本当は一緒に聞きたかったのだけど、子供はまずそうな雰囲気だったので私だけが聞くことになった。慌ただしい日常の中、さらに私の仕事が忙しいので、なかなか妻とゆっくり話す機会が持てない。でも、今日はこの講演の様子や内容を伝えてあげよう。

あらたまって面と向かっては言いづらいのだけど、いつもありがとう。感謝してるよ。

お手伝いとおこずかいとおこずかい帳

内田樹さんによると、あまり小さい頃からお金を持たせて買い物などをさせない方がいい、というような内容が書いてあった。

つまり買い物を経験することで、小さな自分でも大人と同様に扱われ「法外な全能感」を感じ、消費するものとして立ち回れば、自分自身そのものとしての価値を問われることなく優位にたてると感じる。

そうすると、「子どもたちは就学以前に消費主体としてすでに自己を確立」してしまうため、「学校でも子どもたちは、『教育サービスの買い手』というポジションを無意識のうちに先取しようと」する。

その結果、「ひらがなを習うことに、どんな意味があるんですか?」という質問がでるようになり、この、これが何の役に立つのかという問いは教育に関しては無意味であるとしている。なぜなら、おおまかにいうと、その問いの答えをきいて、納得できなければ勉強しないということであれば、今の自分の価値判断でしか判断できず、自分を大きく制限するから、とまぁ、第一章に関してはだいたいこんな内容だったと思う。

ちょっとややこしい話になってしまったけど、なるほどなぁ、と思うところはある。とはいってもやはり金銭感覚を持つことも重要だと思う。それにこの本を読んだ時には既に何度も買い物は経験済みだった。長女は4月から6歳になる。今年から年長、来年ははやくも小学生だ。

長女は1年くらい前から習い事をしているのだけど、終わった後に100円を渡して、駄菓子屋で100円分自分で好きなものを選んで自分で買う、ということをやっている。10円、20円、30円くらいのものがほとんどなので意外にすぐに慣れて、私たちは駄菓子屋の外で待っていて、長女は長男を連れて長男の分も含めて勝手に買ってくるようになった。

そして最近お手伝いをしたときにおこずかいをあげるようにしていたら、お手伝い=おこずかい=お金、のようになってしまって何か考えなきゃな、と思っていた。

そして内田樹さん的にいうと「労働主体」としての自己も確立してもらいたいという意味からすると、お手伝い=おこずかいというのはやっぱりまずくて、お手伝い=家族の一員として当然のこと、となって欲しいとは思う。

そんなこんなでいろいろ妥協して出てきた結果がこれ。

おこずかい帳

おこずかい帳

まず、手伝いをするのは前提。それが普通にちゃんとされていた場合は週に1回決まった日に決まった金額をおこずかいとしてあげる。で、必ずおこずかい帳をつける。入金はもちろんだけど、出金も。ちゃんとお手伝いができていなかったり、おこずかい帳がちゃんとつけられていなかったら、その週はおこずかい無し。

金額は今のところ、年中の長女は週200円、年少の長男は週100円。ちょっと多いかな、とも思ったけど、ほとんどは貯金箱に直行しているから、まぁ、いいかな、と。

こんな感じでスタートしたのだけど、いつまで続くだろう。これを続けるのは当面親のサポートも必要だから。この方法も確信があるわけじゃないから、もっといろいろ考えていい方向に変えていきたいな、とは思ってる。

額の上に2枚の冷たいタオル

熱がでた。

その日の夜は近所の人が30世帯くらい集まってのちょっとしたパーティーがある日で、それを楽しみにしていた。熱自体は大丈夫だったのだけど、数日前に同席した人と似た症状で、その方がインフルエンザであることが分かったのでまき散らさないためにも遠慮した。

妻が子供たちをそこへ連れていっている間にだんだんと熱もあがってきたので、先に寝ておくことにした。10時ごろだろうか、ふと気付くと子供たちの声がした。

いつの間にか頭の下には氷枕。そして長女と長男でどっちが冷やしたタオルを私の額に乗せるかでけんかしているようだ。

また意識は遠のいて30分くらいあとだろうか、長女は私の肩にぴったり寄り添ってる。私の額には2枚のタオルが重ねて置かれていた。なるほどそういう解決策があったか。

ちょっといい気分になってまた眠りについた。

長男登園の様子、2年前と今

冬休みが終わってひさしぶりに一緒に登園した。取引先と幼稚園が近いので週2回ほど幼稚園バスではなく、路線バスに乗って一緒に行っている。双子妊娠で妻が入院するのをきっかけに長女が保育園に入ってからだから、もう2年になるだろうか。

長女は通い始めて数ヶ月で幼稚園に入園した。それから一年は長女は幼稚園、長男は週2回程度保育園。同じ園舎に入っていて相互に行き来できるので別れているという感覚はないけれど、長男は幼稚園バスのお迎えはないので必ず保育園まで送り届けていた。

長男は3月生まれなので年子ではあっても実際には長女とは2歳の差がある。記憶がはっきりしないのだけど、通い始めたときはまだ2歳か3歳になったばかりだ。離れるときはいつもつらかった。そんなときの様子を書いたものが残っていた。たぶん1年ちょっと前のものだと思う。

長男は保育園につくと楽しそうに自分の教室まで走っていった。姉も遅れをとらないようにとついていく。姉は併設されている幼稚園に行くのだ。

部屋に入ると姉に指導されて楽しそうに、3つのハンカチを所定の場所に置いていく。バッジの裏のマークを確認してタオルをカエルのマークのところにかけた。これで準備完了だ。

いよいよお別れが近くなると長男の様子がおかしくなる。泣いたり寂しそうな様子は絶対に見せない。それでも、空を見つめて不自然な笑顔で首を横に振っている姿を見ると、泣いたりする以上に寂しさが伝わってくる。なんとなく目が潤んでいるようにも見えるが絶対に涙は見せない。ひきつった笑顔も崩さない。

姉も長男の寂しさを感じ取るようで、一生懸命名前を呼んで励ます。肩を抱いて奥へ連れていき、牛乳パックで作られてる幼稚園バスを手にとって長男に差し出す。長男はバスが大好きなのだ。長男は手を出そうとせずに泣きそうな顔で笑ってる。

保育園の先生の話では、最近はかなり楽しそうにしているという。寂しそうにしているのは別れるときだけだと思いたい。

私と姉がバイバイ、と手をふると小さく首を横にふる。私も長男をおいていきたくはない。でも。私自身も寂しくなってしまいそうになるが、ここは元気に笑顔で行った方がいいはずだ。私が弱気になったらせっかく長男が抑えているものが、きっと抑えきれなくなってしまうだろう。

「すぐ迎えにくるから。大丈夫だから。」こころの中でつぶやくと、長男が小さな手でお腹の前で小さく小さく手をふった。私はうん、とうなずいて長女と一緒に部屋をでた。

今あらためて読んでもその時の長男の顔がはっきり目の前に浮かぶ。ちなみにその時の様子を長男の立場で書いたものがTwitter小説大賞の一次審査を通過した。入選などはしなかったが2300くらいの中から75に絞られた中には残った。それがこれ。

「いよいよお別れのときがやってきた。 もういくね、という声にも目を合わすことはできない。涙があふれてしまいそうだから。暖かい手をぐっと握り返す。お別れしてもきっと楽しく過ごせるはず、 いつものように。もう、行っていいよ。ちゃんと迎えに来てね。保育園で待ってるからね」 #twnovel

ツイッター小説大賞一次通過

そんな長男も今ではもう園につくと遊ぶのが待ちきれないかのように軽くバイバイと手をふっていってしまう。とはいっても長女と手をつないで、だけどね。

失望と絶望と希望と

いつの間にか今年になった。
思えば昨年はこれまでになく失望することが多い年だったように思う。人に裏切られたり、自分に裏切られたり。

今日、好きな作家の重松清さんが今年成人になる人に向けた言葉を読んだ。

父親の一人として、僕は「たくさん失望しても、絶望だけはするなよ」と言いつづける。甘いかな。うっとうしいかな。でも、希望について語るときにはとことんまで愚直でありたい。僕の考える希望の最も根源的な定義は「生き延びるための底力」――それ以外にはないのだから。

91年に生まれた君へ 逆境で気づく希望の器 重松清さん

確かに失望と絶望では全然違う。

車での長女の指定席は最後列の左側。その目の前にあるスピーカーには、IKEAの一時預かり施設、スモーランドに入ったときにもらえるシールを細かく切ったものがたくさん貼られている。長女なりの自分の空間があってそこを自分色に飾っているのだと思う。

先日長女のいとこ達と一緒に行動したとき、長女は別の車で移動することになり、長女の指定席には別の子が乗った。長女はその子達に例のシールのことを説明し大切なものだからはがさないで欲しいと伝えた。

にもかかわらず、その日の帰り自分の席に座ってみると無残にもそのシールははがされてぼろぼろになってしまっていた。長女は泣いた。私も悔しかった。

長女なりに起きていることを消化しようとしていた。「やったひとには、ごめんねっていってほしかった」自分は人が嫌だと思うことはしないようにしているのに、自分がされるなら、しないようにしている自分がばからしい、そういうふうに感じていたようだ。でもそういうふうに思いたくないという自分もいて答えを探そうと次から次へ話をとばしながら話し続けていた。

もう人のことは信じない、という結論をだしてほしくないし、彼女ならそうはならないだろう。きっとそうなってしまうのが「絶望」でそうならずにそれでも人を信じようという「希望」をまた持つことができるのが「失望」なのかもしれない。

そういう意味ではたくさん失望していいと思う。失望は糧になると思う。強く(=優しく)なれる。

昨年私が感じた失望も希望がみえてきているものがたくさんある。自分に対する失望はなかなか希望にかえるのにパワーがいる。でも絶望するわけにはいかない。自分には妻もいる、子供たちもいる。特に子供たちは自分の姿をみて嫌でも無意識のうちに参考にするだろう。

子供たちも一歩一歩つまずきながらもしっかりと歩いている。私も全てを投げ出したくなってしまいたくなるようなときでも、そしてどうしてもつらいときは時には感情を封印してしまってでも、小さな希望を足元に探して楽しく生きていこう。

4人で少なくとも子供たちという希望のかたまりを目の前にして生きていかれている今は、希望を探すのに苦労はしない。

子供たちが巣立っていくまでには、仕事の面でも自分的に輝くものを作り上げておきたい。誰かに役にたてるようなものを残したい。今もまったく役にたっていないとは思っていないけど、今よりももう少し深い意味で。

たとえ曲がりくねった歩みでも、迷いどおしの足取りでも、歩きつづけることに意味がある。希望とは目的地ではなく、歩くことそのものの中にあるのだ。先は長い。休んでも、歩くのをやめるわけにはいかない。希望の大きなかたまりを一つ拾って器が満杯になるなら話は早い。でも、たった一つの希望でしか満たされない世の中というのは、なんだか怖くないだろうか?

小さな希望でいい。その代わり、感動やよろこびや涙や微笑(ほほえ)みなどに姿を変えているはずの希望のかけらを、たくさん。さまざまな色や形のものを、こまめに。

ときには小説や映画やマンガが役に立つかもしれない。日常生活の中で希望のかけらを見つけることもあるだろう。おとなはその見つけ方が子どもよりもうまいはずだ。うまくなくては困る。子どもが見過ごしたものを「ほら、ここにも」と教えて、希望とは坂の上ではなく足元にあるんだと伝えて……おとなの仲間入りをする君もそうであってほしい、と願っている。

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長男、ついに入園式

長男の入園式。

幼稚園にて

幼稚園にて

どちらかというと長男よりも長女の方が楽しみにしていたようだ。普段は重ね着は絶対に嫌がる長男も、幼稚園の制服はすんなり着てご機嫌。長女は前日に買ったばかりのお気に入りの服を着る予定だったのだけど、長男が制服を着ているのを見たら自分も同じ格好をしたくなったようで結局二人とも制服で家をでた。

長女も長男も嬉しくて楽しくて二人で幼稚園じゅうを駆け回る。

入園式が始まると新入園児は前のほうに親と離れて座る。

予想通り長男は一人ですわるのを嫌がった。

長女はその様子をみて他の新入園児に混じって長男の隣に座った。だんだんと新入園児が集まってきて椅子が足りなそうになるとさすがにそのまま座っているわけにいかず、長男の横にきたものの、長男は寂しくなってしまったようで長男も一緒に席をたってしまう。そこで長女は自分が座りその上に長男を座らせた。

膝の上

膝の上

この状態のまま入園式が始まりしばらくはそのままだった。

だんだんと長男も慣れてきたようで最後は一人で座り、長女は長男の横についた。

結局その後教室に戻るときも一緒、記念写真を撮るときも一緒。

翌日、初めての登園。長女と一緒にバスに乗るということもあって楽しそうに元気よく行った。

帰ってきた時もとても楽しそうだった。先生に話しをきくと、長男は自分のクラスではなく、一日中長女のクラスに長女と一緒にいたという。

長男も寂しいようだけど、長女もお世話をしてあげたいという気持ちが強いようで、先生もしばらくは様子を見てくれるという。ありがたい。

早く慣れるといいな。

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長女と二人で寝る

数日前、私がほとんど寝てないときに友達が遊びにくるということで、いつもみんなで寝ているリビング横の和室では寝づらいだろうと、妻が今は使っていない玄関の横の部屋に布団を敷いてくれた。この部屋には前に事務所で使っていたソファーがどかんと置いてあって、このソファーの上に布団を敷くとベッドみたいで快適だ。

そのときも子供たちも面白がって一緒に寝転んだりして遊んでいたのだけど、それを気に入った長女は今日はそこで寝たいといいだした。6人はとてもじゃないけど寝られないので私と二人で寝たいという。そんなわけで私と長女はこっちで寝ることになったのだけど、長男は寂しいようで布団でおもちゃの電話で私に電話してる。「一緒に寝たいからこっちに来て」というようなことを言っているらしい。結局その日は戻ってみんなで寝た。

翌日は私が朝早く仕事に出てしまうと言うことで長女も断念。

そしてその次の日今日こそはこっちで寝たいと主張。長男は残念がっていたけど、それなら自分も、と一緒にベッドに。長男はママと寝たいからママも強引に。そうすると当然双子たちも一緒、ということで6人でベッドに入るけどさすがに狭い。

それでも昼間の公園でつかれている長女は私のお腹の上にのってすぐに寝入ってしまった。

なんとか長男を説得した妻は、長男と双子たちをつれて和室で寝ることになった。

というわけで、初めて同じ家にいるのに妻と別々に寝た事になる。私もそうだし、長女もそうだろう。

今日はパパと、だったけど、こうやってだんだんと離れていくんだろうな。

でもこれでちょっと困るのが、私は朝はやく起きて仕事をするのだけど、この部屋と仕事をする部屋は一番離れている。長女は時々起きては私がいるのを確認するので、ベッドの上で仕事をせざるを得ない。今日だけならいいけど続くようだと長女にちゃんと説明してから寝るようにしないとな。