長女、おばけ?のかぶり物?をつくる、家族が増えた

みやにー

長女はものをつくるのが大好きだ。この日は着ぐるみをつくった。おばけの「みやにー」ちゃんだ。これをかぶってショーを見せてくれた。

ねています

夜には「ねています」のプレートを作って毛布をかけて寝かせていた。

「からにー」作成中

それをみた長男は自分も作って欲しいとおねだり。

「からにー」の内側

「からにー」も「みやにー」もかぶる人が間違えないように「まえ」と「うしろ」が分かるように書かれている。さらに終わったときに見えるように「おつかれさま」の文字も。

「おきたよ」プレート

「おきたよ」プレートも作成。裏に返すと「ねています」プレートになる。

「からにー」

からにーを装着して長男も大喜び。

三女も

三女もからにーを装着して嬉しそう。

その後、「次女「M」ー」と「やらにー」が加わって今うちには4つ(人?)の家族が増えた。寝る前にはみんなに毛布をかけてプレートを「ねています」にして、朝起きると「おきたよ」にかえる。当面は捨てられないだろうな。

何かを察したのか、長女が妻に「みやにーとかさ、使わないときは大事なものをいれる箱にしたらいいんじゃない」と言っていたという。

今日もAmazonの箱が届いたけど、これ以上は増えないように気をつけないと・・・。

バスで一緒に幼稚園へ

今朝は子どもたちと一緒に路線バスにのって幼稚園に送ってから仕事の打ち合わせの予定。

外はなんだか寒そうだけど、やっぱり一緒に行くのかな。

幼稚園バスの方が外にいる時間が短くてすむから寒くないしもっと長く寝ていられるし、楽だと思うんだけど、子どもたちは一緒に行かれるときは、必ずといっていいほど一緒に行きたいと言う。大人にとっては何でもないんだけど、バスに乗るだけでも楽しいんだろうな。

私としては
・子どもたちの起床時間が1時間早くなる = 朝の仕事時間が1時間短くなる
・出発がぎりぎりになるのでバス停までが慌ただしい
というデメリットもあるけど、やっぱり子どもたちと一緒に行くのは嬉しい。

妻は、幼稚園バスの送迎場所までとはいえ、上の二人に加えて1歳半の双子を連れて外に出るとなると準備だけでもかなり大変。

なので朝、幼稚園バスの時間に私がいるときは私が送りに行って、幼稚園方面へ仕事へ行くときは今日みたいにバスで連れていく。

送迎場所への送り迎えや、路線バスで一緒に幼稚園に行くのはとても楽しい。こんなことができるのも今だけだし。といっても双子達も合わせるとあと5年はあるのかな。Watch Full Movie Online Streaming Online and Download

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お手伝いとおこずかいとおこずかい帳

内田樹さんによると、あまり小さい頃からお金を持たせて買い物などをさせない方がいい、というような内容が書いてあった。

つまり買い物を経験することで、小さな自分でも大人と同様に扱われ「法外な全能感」を感じ、消費するものとして立ち回れば、自分自身そのものとしての価値を問われることなく優位にたてると感じる。

そうすると、「子どもたちは就学以前に消費主体としてすでに自己を確立」してしまうため、「学校でも子どもたちは、『教育サービスの買い手』というポジションを無意識のうちに先取しようと」する。

その結果、「ひらがなを習うことに、どんな意味があるんですか?」という質問がでるようになり、この、これが何の役に立つのかという問いは教育に関しては無意味であるとしている。なぜなら、おおまかにいうと、その問いの答えをきいて、納得できなければ勉強しないということであれば、今の自分の価値判断でしか判断できず、自分を大きく制限するから、とまぁ、第一章に関してはだいたいこんな内容だったと思う。

ちょっとややこしい話になってしまったけど、なるほどなぁ、と思うところはある。とはいってもやはり金銭感覚を持つことも重要だと思う。それにこの本を読んだ時には既に何度も買い物は経験済みだった。長女は4月から6歳になる。今年から年長、来年ははやくも小学生だ。

長女は1年くらい前から習い事をしているのだけど、終わった後に100円を渡して、駄菓子屋で100円分自分で好きなものを選んで自分で買う、ということをやっている。10円、20円、30円くらいのものがほとんどなので意外にすぐに慣れて、私たちは駄菓子屋の外で待っていて、長女は長男を連れて長男の分も含めて勝手に買ってくるようになった。

そして最近お手伝いをしたときにおこずかいをあげるようにしていたら、お手伝い=おこずかい=お金、のようになってしまって何か考えなきゃな、と思っていた。

そして内田樹さん的にいうと「労働主体」としての自己も確立してもらいたいという意味からすると、お手伝い=おこずかいというのはやっぱりまずくて、お手伝い=家族の一員として当然のこと、となって欲しいとは思う。

そんなこんなでいろいろ妥協して出てきた結果がこれ。

おこずかい帳

おこずかい帳

まず、手伝いをするのは前提。それが普通にちゃんとされていた場合は週に1回決まった日に決まった金額をおこずかいとしてあげる。で、必ずおこずかい帳をつける。入金はもちろんだけど、出金も。ちゃんとお手伝いができていなかったり、おこずかい帳がちゃんとつけられていなかったら、その週はおこずかい無し。

金額は今のところ、年中の長女は週200円、年少の長男は週100円。ちょっと多いかな、とも思ったけど、ほとんどは貯金箱に直行しているから、まぁ、いいかな、と。

こんな感じでスタートしたのだけど、いつまで続くだろう。これを続けるのは当面親のサポートも必要だから。この方法も確信があるわけじゃないから、もっといろいろ考えていい方向に変えていきたいな、とは思ってる。

額の上に2枚の冷たいタオル

熱がでた。

その日の夜は近所の人が30世帯くらい集まってのちょっとしたパーティーがある日で、それを楽しみにしていた。熱自体は大丈夫だったのだけど、数日前に同席した人と似た症状で、その方がインフルエンザであることが分かったのでまき散らさないためにも遠慮した。

妻が子供たちをそこへ連れていっている間にだんだんと熱もあがってきたので、先に寝ておくことにした。10時ごろだろうか、ふと気付くと子供たちの声がした。

いつの間にか頭の下には氷枕。そして長女と長男でどっちが冷やしたタオルを私の額に乗せるかでけんかしているようだ。

また意識は遠のいて30分くらいあとだろうか、長女は私の肩にぴったり寄り添ってる。私の額には2枚のタオルが重ねて置かれていた。なるほどそういう解決策があったか。

ちょっといい気分になってまた眠りについた。

長男登園の様子、2年前と今

冬休みが終わってひさしぶりに一緒に登園した。取引先と幼稚園が近いので週2回ほど幼稚園バスではなく、路線バスに乗って一緒に行っている。双子妊娠で妻が入院するのをきっかけに長女が保育園に入ってからだから、もう2年になるだろうか。

長女は通い始めて数ヶ月で幼稚園に入園した。それから一年は長女は幼稚園、長男は週2回程度保育園。同じ園舎に入っていて相互に行き来できるので別れているという感覚はないけれど、長男は幼稚園バスのお迎えはないので必ず保育園まで送り届けていた。

長男は3月生まれなので年子ではあっても実際には長女とは2歳の差がある。記憶がはっきりしないのだけど、通い始めたときはまだ2歳か3歳になったばかりだ。離れるときはいつもつらかった。そんなときの様子を書いたものが残っていた。たぶん1年ちょっと前のものだと思う。

長男は保育園につくと楽しそうに自分の教室まで走っていった。姉も遅れをとらないようにとついていく。姉は併設されている幼稚園に行くのだ。

部屋に入ると姉に指導されて楽しそうに、3つのハンカチを所定の場所に置いていく。バッジの裏のマークを確認してタオルをカエルのマークのところにかけた。これで準備完了だ。

いよいよお別れが近くなると長男の様子がおかしくなる。泣いたり寂しそうな様子は絶対に見せない。それでも、空を見つめて不自然な笑顔で首を横に振っている姿を見ると、泣いたりする以上に寂しさが伝わってくる。なんとなく目が潤んでいるようにも見えるが絶対に涙は見せない。ひきつった笑顔も崩さない。

姉も長男の寂しさを感じ取るようで、一生懸命名前を呼んで励ます。肩を抱いて奥へ連れていき、牛乳パックで作られてる幼稚園バスを手にとって長男に差し出す。長男はバスが大好きなのだ。長男は手を出そうとせずに泣きそうな顔で笑ってる。

保育園の先生の話では、最近はかなり楽しそうにしているという。寂しそうにしているのは別れるときだけだと思いたい。

私と姉がバイバイ、と手をふると小さく首を横にふる。私も長男をおいていきたくはない。でも。私自身も寂しくなってしまいそうになるが、ここは元気に笑顔で行った方がいいはずだ。私が弱気になったらせっかく長男が抑えているものが、きっと抑えきれなくなってしまうだろう。

「すぐ迎えにくるから。大丈夫だから。」こころの中でつぶやくと、長男が小さな手でお腹の前で小さく小さく手をふった。私はうん、とうなずいて長女と一緒に部屋をでた。

今あらためて読んでもその時の長男の顔がはっきり目の前に浮かぶ。ちなみにその時の様子を長男の立場で書いたものがTwitter小説大賞の一次審査を通過した。入選などはしなかったが2300くらいの中から75に絞られた中には残った。それがこれ。

「いよいよお別れのときがやってきた。 もういくね、という声にも目を合わすことはできない。涙があふれてしまいそうだから。暖かい手をぐっと握り返す。お別れしてもきっと楽しく過ごせるはず、 いつものように。もう、行っていいよ。ちゃんと迎えに来てね。保育園で待ってるからね」 #twnovel

ツイッター小説大賞一次通過

そんな長男も今ではもう園につくと遊ぶのが待ちきれないかのように軽くバイバイと手をふっていってしまう。とはいっても長女と手をつないで、だけどね。

失望と絶望と希望と

いつの間にか今年になった。
思えば昨年はこれまでになく失望することが多い年だったように思う。人に裏切られたり、自分に裏切られたり。

今日、好きな作家の重松清さんが今年成人になる人に向けた言葉を読んだ。

父親の一人として、僕は「たくさん失望しても、絶望だけはするなよ」と言いつづける。甘いかな。うっとうしいかな。でも、希望について語るときにはとことんまで愚直でありたい。僕の考える希望の最も根源的な定義は「生き延びるための底力」――それ以外にはないのだから。

91年に生まれた君へ 逆境で気づく希望の器 重松清さん

確かに失望と絶望では全然違う。

車での長女の指定席は最後列の左側。その目の前にあるスピーカーには、IKEAの一時預かり施設、スモーランドに入ったときにもらえるシールを細かく切ったものがたくさん貼られている。長女なりの自分の空間があってそこを自分色に飾っているのだと思う。

先日長女のいとこ達と一緒に行動したとき、長女は別の車で移動することになり、長女の指定席には別の子が乗った。長女はその子達に例のシールのことを説明し大切なものだからはがさないで欲しいと伝えた。

にもかかわらず、その日の帰り自分の席に座ってみると無残にもそのシールははがされてぼろぼろになってしまっていた。長女は泣いた。私も悔しかった。

長女なりに起きていることを消化しようとしていた。「やったひとには、ごめんねっていってほしかった」自分は人が嫌だと思うことはしないようにしているのに、自分がされるなら、しないようにしている自分がばからしい、そういうふうに感じていたようだ。でもそういうふうに思いたくないという自分もいて答えを探そうと次から次へ話をとばしながら話し続けていた。

もう人のことは信じない、という結論をだしてほしくないし、彼女ならそうはならないだろう。きっとそうなってしまうのが「絶望」でそうならずにそれでも人を信じようという「希望」をまた持つことができるのが「失望」なのかもしれない。

そういう意味ではたくさん失望していいと思う。失望は糧になると思う。強く(=優しく)なれる。

昨年私が感じた失望も希望がみえてきているものがたくさんある。自分に対する失望はなかなか希望にかえるのにパワーがいる。でも絶望するわけにはいかない。自分には妻もいる、子供たちもいる。特に子供たちは自分の姿をみて嫌でも無意識のうちに参考にするだろう。

子供たちも一歩一歩つまずきながらもしっかりと歩いている。私も全てを投げ出したくなってしまいたくなるようなときでも、そしてどうしてもつらいときは時には感情を封印してしまってでも、小さな希望を足元に探して楽しく生きていこう。

4人で少なくとも子供たちという希望のかたまりを目の前にして生きていかれている今は、希望を探すのに苦労はしない。

子供たちが巣立っていくまでには、仕事の面でも自分的に輝くものを作り上げておきたい。誰かに役にたてるようなものを残したい。今もまったく役にたっていないとは思っていないけど、今よりももう少し深い意味で。

たとえ曲がりくねった歩みでも、迷いどおしの足取りでも、歩きつづけることに意味がある。希望とは目的地ではなく、歩くことそのものの中にあるのだ。先は長い。休んでも、歩くのをやめるわけにはいかない。希望の大きなかたまりを一つ拾って器が満杯になるなら話は早い。でも、たった一つの希望でしか満たされない世の中というのは、なんだか怖くないだろうか?

小さな希望でいい。その代わり、感動やよろこびや涙や微笑(ほほえ)みなどに姿を変えているはずの希望のかけらを、たくさん。さまざまな色や形のものを、こまめに。

ときには小説や映画やマンガが役に立つかもしれない。日常生活の中で希望のかけらを見つけることもあるだろう。おとなはその見つけ方が子どもよりもうまいはずだ。うまくなくては困る。子どもが見過ごしたものを「ほら、ここにも」と教えて、希望とは坂の上ではなく足元にあるんだと伝えて……おとなの仲間入りをする君もそうであってほしい、と願っている。

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長男、ついに入園式

長男の入園式。

幼稚園にて

幼稚園にて

どちらかというと長男よりも長女の方が楽しみにしていたようだ。普段は重ね着は絶対に嫌がる長男も、幼稚園の制服はすんなり着てご機嫌。長女は前日に買ったばかりのお気に入りの服を着る予定だったのだけど、長男が制服を着ているのを見たら自分も同じ格好をしたくなったようで結局二人とも制服で家をでた。

長女も長男も嬉しくて楽しくて二人で幼稚園じゅうを駆け回る。

入園式が始まると新入園児は前のほうに親と離れて座る。

予想通り長男は一人ですわるのを嫌がった。

長女はその様子をみて他の新入園児に混じって長男の隣に座った。だんだんと新入園児が集まってきて椅子が足りなそうになるとさすがにそのまま座っているわけにいかず、長男の横にきたものの、長男は寂しくなってしまったようで長男も一緒に席をたってしまう。そこで長女は自分が座りその上に長男を座らせた。

膝の上

膝の上

この状態のまま入園式が始まりしばらくはそのままだった。

だんだんと長男も慣れてきたようで最後は一人で座り、長女は長男の横についた。

結局その後教室に戻るときも一緒、記念写真を撮るときも一緒。

翌日、初めての登園。長女と一緒にバスに乗るということもあって楽しそうに元気よく行った。

帰ってきた時もとても楽しそうだった。先生に話しをきくと、長男は自分のクラスではなく、一日中長女のクラスに長女と一緒にいたという。

長男も寂しいようだけど、長女もお世話をしてあげたいという気持ちが強いようで、先生もしばらくは様子を見てくれるという。ありがたい。

早く慣れるといいな。

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長女と二人で寝る

数日前、私がほとんど寝てないときに友達が遊びにくるということで、いつもみんなで寝ているリビング横の和室では寝づらいだろうと、妻が今は使っていない玄関の横の部屋に布団を敷いてくれた。この部屋には前に事務所で使っていたソファーがどかんと置いてあって、このソファーの上に布団を敷くとベッドみたいで快適だ。

そのときも子供たちも面白がって一緒に寝転んだりして遊んでいたのだけど、それを気に入った長女は今日はそこで寝たいといいだした。6人はとてもじゃないけど寝られないので私と二人で寝たいという。そんなわけで私と長女はこっちで寝ることになったのだけど、長男は寂しいようで布団でおもちゃの電話で私に電話してる。「一緒に寝たいからこっちに来て」というようなことを言っているらしい。結局その日は戻ってみんなで寝た。

翌日は私が朝早く仕事に出てしまうと言うことで長女も断念。

そしてその次の日今日こそはこっちで寝たいと主張。長男は残念がっていたけど、それなら自分も、と一緒にベッドに。長男はママと寝たいからママも強引に。そうすると当然双子たちも一緒、ということで6人でベッドに入るけどさすがに狭い。

それでも昼間の公園でつかれている長女は私のお腹の上にのってすぐに寝入ってしまった。

なんとか長男を説得した妻は、長男と双子たちをつれて和室で寝ることになった。

というわけで、初めて同じ家にいるのに妻と別々に寝た事になる。私もそうだし、長女もそうだろう。

今日はパパと、だったけど、こうやってだんだんと離れていくんだろうな。

でもこれでちょっと困るのが、私は朝はやく起きて仕事をするのだけど、この部屋と仕事をする部屋は一番離れている。長女は時々起きては私がいるのを確認するので、ベッドの上で仕事をせざるを得ない。今日だけならいいけど続くようだと長女にちゃんと説明してから寝るようにしないとな。

クリスマスプレゼント

仮面ライダーWの変身ベルトをやっと手に入れた。
購入元は意外にもアマゾン。

ずっと品切れで「出品者」から1万円以上出さないと買えない状態だったのが、昨日の朝ふとみたら5000円で在庫がある!これ以上ないという速さでマウスを操作し5秒後には決済完了。

あー、よかった。

長男が大好きで、毎日のようにブロックで作ってたからどうしても欲しかった。でも手に入らなそうだったから半ばあきらめてシンケンジャーの携帯みたいなおもちゃを2,500円もだして買っちゃったよ。あ、まずい、こうなると長男と長女でだいぶプレゼントのボリュームに差が出てしまう気が・・・。携帯返品か、長女に追加か。

クリスマスツリー

うちはパパ、ママやおじいちゃん、おばあちゃんからということでプレゼントをあげて、クリスマスの朝まではクリスマスツリーの下に置いておく。で、クリスマスの朝になるとサンタさんからのプレゼントも加わって相当華やかになる。

というわけでクリスマスはとってもとってもお金がかかる。

そのかわり、ちょっと高いものとかは二人の誕生日が終わる5月ころから「サンタさんにお願いしようね」とか「クリスマスに買ってあげるね」で引っ張りまくる。

このやり方は結構気に入っていて、普段は大きいお金は使わなくて済むし、場合によっては半年以上我慢することを学ばせることができる。

さらにクリスマスが近づくと、だんだんとプレゼントがクリスマスツリーの下に増えていく楽しみもあるし、中身がわからないものは「なんだろう」って一生懸命包装紙を数日してみたりして楽しみにするし、中身がわかっているものについても遊びたくてしょうがない気持ちを我慢することが学べる。そしてクリスマスには山のようなプレゼントがもらえる。

というわけである程度の出費は覚悟しているのだけど、今年は長男の自転車と変身ベルトの誤算で、想像以上にお金がかかった。

さらに双子のふたりへはまだ買ってないや。

残念ながらEOS Kiss X3は先送りだな・・・。先送りだよね・・・。子供達はどんどん成長していく。シャッターチャンスはもう二度とやってこないけど・・・先送り・・・。ほんとに先送りかな・・・。

双子誕生をビデオでまとめてみました

Final Cut Expressが届いたので早速双子誕生の様子のビデオをまとめてみました。

出産直前に知ったロードオブメジャーの「親愛なるあなたへ…」という曲にのせてつくってみました。

ビデオって撮るにはとってもなかなか見る機会がありませんが、こういう風にまとめると意外とみそう。1時間くらいを5分にまとめたけど、これで十分という感じ。

ぜひ見てみてください。