重松清さんの講演「はやくしなさい!」と仲直り

重松清さんの講演を聞いてきた。

重松清さんの本との出会いは、もう10年くらい前になるだろうか、彼女(今の妻)を車で家まで送ってその帰りに何気なくつけたラジオで定年ゴジラ (講談社文庫)の朗読をきいて、その続きが気になって買って読んだのが最初。

その後、立ち寄った本屋さんで見つけては買って読んでいた。いじめや自殺について扱った

などの重い作品も好きだけど、読み続けているのは

という作品に出会ったから。

基本的には家族や友達の話が多い。どこにでもありそうで、いつか自分も似た状況になりそう、苦しいけどがんばっていて、万事解決とはいかないけど光は見える、そんな作品が多いように思う。元気がないときや生きている意味を見失ってしまったとき、あるいは勘違いしていそうなときに読むと、しみ込むように体に入ってきて、またがんばろう、という気にさせてくれる。

実はこのラジオでの出会いまでは、あまり小説を読むことは無かった。全く読まないということは無いけど、日本の作家で、作家名で探して読む、ということはまず無かった。実は今でも重松清さんしかない。もちろん読むきっかけがないというだけで、好きじゃないから読んでいないということではないので、お勧めの作家さんがいたら教えてくれると嬉しかったりする。

と、本題に入る前までが長くなってしまったが、講演の内容はとてもよかった。
内容はこんな感じ。(テープからおこしたわけでもないし、一日置いて勝手な自分の思いも入っていると思うので、これが全てではないし多少内容も変わってしまっているかもしれないけど、その辺は割り引いて読んでください。)

・多様性が認められる時代になった
 ・それにより選択肢が増えた
 ・迷うことが多くなった。エアコン一つでも迷う、そして直前で判断を変えたり、買った後も後悔したり。
 ・子どもたちも迷う
  ・ファミレスのメニュー選びでも迷う
  ・最近の親が使う一番多い言葉は「はやくしなさい」(昔は「普通は・・」)
  ・「はやく」と言わないであげてほしい
  ・「はやく」と言われると選択することをやめて親などに任せてしまう
   「なんでもいい」「お母さん決めて」
  ・自分で選択していないものは選択した人の責任にできる、したくなる
  ・人生の選択についても同様のことがいえる

・子どもたちが小さなけんかをする機会が減った
 ・一人っ子が増えた
 ・一人っ子でも意識的に小さな子同士で一緒にいられる機会をつくってあげて欲しい
 ・けんかをすると仲直りをする、この仲直りをするという経験が減ってしまった
 ・とても仲のいい友達がたった一回のけんかから傷害に発展することも
 ・仲直りができないのでけんかができない
  ・友達に本音でぶつかれない
  ・本当の友達ができず、友達がたくさんいても寂しい
  ・友達といると気を使う、一人になると気が抜けて楽になる
 ・小さい頃からけんかを経験しいろんな仲直りのパターンを経験させてほしい
 ・自分の本はいろんな「仲直り」を書いている

その他、
 ・多様性が認められるようになったが、悪気はないのだけど偏見はある
  「両親が働いていて家に帰ってくると誰もいないのはかわいそう」
  「一人っ子はわがまま」
  ・これらは想像力の欠如。想像力は重要。
 ・本もたくさん読んでほしい
  ・古今東西のいろんな人が同じ悩みをもっていると思うと少し気が楽になる
という話もあった。

おおまかにいうとこんな感じの内容だったと思う。

自分にとってはとても有意義な内容だった。本や講演は読んだり聞いたりしても時間が経つとだんだんと忘れてしまうのだけど、今回のキーワードは勝手に「多様性」「はやくしなさい」と「仲直り」3つだと思っていて、この2つの言葉だったら忘れないでいられそう。(ちなみに重松清さん自身は「多様性」という言葉は一度も使っていない。)このそれぞれのキーワードを思い浮かべればいろいろと思い出したり、頭の中で発展させることができそう。

ちなみに講演会を聞いている間の約2時間、妻は近くの公園で子どもたち4人をみてくれていた。本当は一緒に聞きたかったのだけど、子供はまずそうな雰囲気だったので私だけが聞くことになった。慌ただしい日常の中、さらに私の仕事が忙しいので、なかなか妻とゆっくり話す機会が持てない。でも、今日はこの講演の様子や内容を伝えてあげよう。

あらたまって面と向かっては言いづらいのだけど、いつもありがとう。感謝してるよ。

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お手伝いとおこずかいとおこずかい帳

内田樹さんによると、あまり小さい頃からお金を持たせて買い物などをさせない方がいい、というような内容が書いてあった。

つまり買い物を経験することで、小さな自分でも大人と同様に扱われ「法外な全能感」を感じ、消費するものとして立ち回れば、自分自身そのものとしての価値を問われることなく優位にたてると感じる。

そうすると、「子どもたちは就学以前に消費主体としてすでに自己を確立」してしまうため、「学校でも子どもたちは、『教育サービスの買い手』というポジションを無意識のうちに先取しようと」する。

その結果、「ひらがなを習うことに、どんな意味があるんですか?」という質問がでるようになり、この、これが何の役に立つのかという問いは教育に関しては無意味であるとしている。なぜなら、おおまかにいうと、その問いの答えをきいて、納得できなければ勉強しないということであれば、今の自分の価値判断でしか判断できず、自分を大きく制限するから、とまぁ、第一章に関してはだいたいこんな内容だったと思う。

ちょっとややこしい話になってしまったけど、なるほどなぁ、と思うところはある。とはいってもやはり金銭感覚を持つことも重要だと思う。それにこの本を読んだ時には既に何度も買い物は経験済みだった。長女は4月から6歳になる。今年から年長、来年ははやくも小学生だ。

長女は1年くらい前から習い事をしているのだけど、終わった後に100円を渡して、駄菓子屋で100円分自分で好きなものを選んで自分で買う、ということをやっている。10円、20円、30円くらいのものがほとんどなので意外にすぐに慣れて、私たちは駄菓子屋の外で待っていて、長女は長男を連れて長男の分も含めて勝手に買ってくるようになった。

そして最近お手伝いをしたときにおこずかいをあげるようにしていたら、お手伝い=おこずかい=お金、のようになってしまって何か考えなきゃな、と思っていた。

そして内田樹さん的にいうと「労働主体」としての自己も確立してもらいたいという意味からすると、お手伝い=おこずかいというのはやっぱりまずくて、お手伝い=家族の一員として当然のこと、となって欲しいとは思う。

そんなこんなでいろいろ妥協して出てきた結果がこれ。

おこずかい帳

おこずかい帳

まず、手伝いをするのは前提。それが普通にちゃんとされていた場合は週に1回決まった日に決まった金額をおこずかいとしてあげる。で、必ずおこずかい帳をつける。入金はもちろんだけど、出金も。ちゃんとお手伝いができていなかったり、おこずかい帳がちゃんとつけられていなかったら、その週はおこずかい無し。

金額は今のところ、年中の長女は週200円、年少の長男は週100円。ちょっと多いかな、とも思ったけど、ほとんどは貯金箱に直行しているから、まぁ、いいかな、と。

こんな感じでスタートしたのだけど、いつまで続くだろう。これを続けるのは当面親のサポートも必要だから。この方法も確信があるわけじゃないから、もっといろいろ考えていい方向に変えていきたいな、とは思ってる。

大切な手袋をなくしてしまいました

幼稚園でもちつきがあり、その手伝いで妻が幼稚園にでかけた。幼稚園の手伝いや保育参加などは、本人にパパに行って欲しいかママに行って欲しいか確認するのだけど、たいがい長男は妻を選び、長男は私を選ぶ。この日は年少の手伝い、ということで順当に妻が選ばれた。Watch Full Movie Online Streaming Online and Download

さすがにもちつきの手伝いに1歳半の双子を連れていっては役に立つどころかむしろ迷惑になるので、手伝いに行っている間は私が見ることになる。

かなり寒かったので完全防備9時半に出発して11時くらいまでは調子がよかったのだけど、眠気もあるのだろう、だんだんとぐずってくる。本格的にぐずる前に散歩にでることにした。

いつもなら駅に向かうのだけど、妻が幼稚園に車で行っているので徒歩30分くらいの幼稚園に向かい、帰りは車で帰ってこようと思った。

途中の公園でカモを見たりして楽しんでいたのだけど、予想通り眠そうにし始めた。

次女はベビーカーで寝るときはあまり背中をつけて寝るのが好きではないらしく、電車で半分眠りながら頭をフラフラさせている人のような状態になった。何度背中をつけてあげようとしても抵抗する。というわけでそのまま前のめりに寝かせた。

そして幼稚園までは順調に到着した。ところが、そこでさっきまではめていた手袋がないことに気付いた。次女を寝かせたり写真を撮ったりするためにはずして、どうやらどこかに落としてしまったらしい。

この手袋、実はもう7年くらい前に妻のお父さんにもらったものだ。当時まだ結婚までは意識していなかった二人を手袋専門店に連れていってくれてフィッティングまでしてプレゼントしてくれた。妻のお兄さんと私は高校の同級生という関係ということもあり、妻のお父さんがどう思っているかちょっと不安に思っていた次期だったかと思う。それもあって一緒にでかけたことも嬉しかったし、自分では絶対に買わないような高価な、確か「セルモネータ」というグローブをプレゼントしてくれたことが本当に嬉しかった。

人生で手袋をはめたのはスキーのときくらいだった私だが、それ以降は冬になるとこれをはめて手袋の暖かさと「カッコよさ」を味わっていた。なんでも無くしがちな私は、これだけは無くさないようにシーズンオフには来期の冬に必ず着るであろう上着のポケットの中に入れておいた。おかげでこれまでずっと使い続けてこられた。つくりもしっかりしているのだろう、親指の付け根にかすかにほつれができてたものの、ほとんど買った当時と変わらない状態だった。

にもかかわらず、手袋をはめている時になくしてしまうとは。幼稚園についたのはちょうど12時で妻の手伝いが終わる時間だったけれど、迷わず来た道を戻った。注意深く探したけれど、それは見つからなかった。ベビーカーやかばんのどこかにあるかも、という一縷の望みも帰ってすぐにむなしく断たれた。

形あるもの、いつかは壊れたりなくなったりしてしまうものだとは思う。でもあの手袋だけはずっと持っていたかった。ブログにのせるのに写真を探してみたけれど、パソコンに入っている33000枚以上の写真の中にも見つからなかった。そもそも私が写っている写真は少ないし、寒いとき、しかも外で撮った写真となると数はかなり限られるし、私のカメラで撮った写真なので、私が誰かにカメラを渡すときにはまぁ手袋をとって渡すだろうから、写っていることはないのだ。

というわけでかなりがっくりきてしまったのだけど、いつか自分で同じような手袋を、手袋専門店でフィッティングしてもらって買いたいと思う。もちろん、「手袋」が欲しいからではないけど。

長男登園の様子、2年前と今

冬休みが終わってひさしぶりに一緒に登園した。取引先と幼稚園が近いので週2回ほど幼稚園バスではなく、路線バスに乗って一緒に行っている。双子妊娠で妻が入院するのをきっかけに長女が保育園に入ってからだから、もう2年になるだろうか。

長女は通い始めて数ヶ月で幼稚園に入園した。それから一年は長女は幼稚園、長男は週2回程度保育園。同じ園舎に入っていて相互に行き来できるので別れているという感覚はないけれど、長男は幼稚園バスのお迎えはないので必ず保育園まで送り届けていた。

長男は3月生まれなので年子ではあっても実際には長女とは2歳の差がある。記憶がはっきりしないのだけど、通い始めたときはまだ2歳か3歳になったばかりだ。離れるときはいつもつらかった。そんなときの様子を書いたものが残っていた。たぶん1年ちょっと前のものだと思う。

長男は保育園につくと楽しそうに自分の教室まで走っていった。姉も遅れをとらないようにとついていく。姉は併設されている幼稚園に行くのだ。

部屋に入ると姉に指導されて楽しそうに、3つのハンカチを所定の場所に置いていく。バッジの裏のマークを確認してタオルをカエルのマークのところにかけた。これで準備完了だ。

いよいよお別れが近くなると長男の様子がおかしくなる。泣いたり寂しそうな様子は絶対に見せない。それでも、空を見つめて不自然な笑顔で首を横に振っている姿を見ると、泣いたりする以上に寂しさが伝わってくる。なんとなく目が潤んでいるようにも見えるが絶対に涙は見せない。ひきつった笑顔も崩さない。

姉も長男の寂しさを感じ取るようで、一生懸命名前を呼んで励ます。肩を抱いて奥へ連れていき、牛乳パックで作られてる幼稚園バスを手にとって長男に差し出す。長男はバスが大好きなのだ。長男は手を出そうとせずに泣きそうな顔で笑ってる。

保育園の先生の話では、最近はかなり楽しそうにしているという。寂しそうにしているのは別れるときだけだと思いたい。

私と姉がバイバイ、と手をふると小さく首を横にふる。私も長男をおいていきたくはない。でも。私自身も寂しくなってしまいそうになるが、ここは元気に笑顔で行った方がいいはずだ。私が弱気になったらせっかく長男が抑えているものが、きっと抑えきれなくなってしまうだろう。

「すぐ迎えにくるから。大丈夫だから。」こころの中でつぶやくと、長男が小さな手でお腹の前で小さく小さく手をふった。私はうん、とうなずいて長女と一緒に部屋をでた。

今あらためて読んでもその時の長男の顔がはっきり目の前に浮かぶ。ちなみにその時の様子を長男の立場で書いたものがTwitter小説大賞の一次審査を通過した。入選などはしなかったが2300くらいの中から75に絞られた中には残った。それがこれ。

「いよいよお別れのときがやってきた。 もういくね、という声にも目を合わすことはできない。涙があふれてしまいそうだから。暖かい手をぐっと握り返す。お別れしてもきっと楽しく過ごせるはず、 いつものように。もう、行っていいよ。ちゃんと迎えに来てね。保育園で待ってるからね」 #twnovel

ツイッター小説大賞一次通過

そんな長男も今ではもう園につくと遊ぶのが待ちきれないかのように軽くバイバイと手をふっていってしまう。とはいっても長女と手をつないで、だけどね。

失望と絶望と希望と

いつの間にか今年になった。
思えば昨年はこれまでになく失望することが多い年だったように思う。人に裏切られたり、自分に裏切られたり。

今日、好きな作家の重松清さんが今年成人になる人に向けた言葉を読んだ。

父親の一人として、僕は「たくさん失望しても、絶望だけはするなよ」と言いつづける。甘いかな。うっとうしいかな。でも、希望について語るときにはとことんまで愚直でありたい。僕の考える希望の最も根源的な定義は「生き延びるための底力」――それ以外にはないのだから。

91年に生まれた君へ 逆境で気づく希望の器 重松清さん

確かに失望と絶望では全然違う。

車での長女の指定席は最後列の左側。その目の前にあるスピーカーには、IKEAの一時預かり施設、スモーランドに入ったときにもらえるシールを細かく切ったものがたくさん貼られている。長女なりの自分の空間があってそこを自分色に飾っているのだと思う。

先日長女のいとこ達と一緒に行動したとき、長女は別の車で移動することになり、長女の指定席には別の子が乗った。長女はその子達に例のシールのことを説明し大切なものだからはがさないで欲しいと伝えた。

にもかかわらず、その日の帰り自分の席に座ってみると無残にもそのシールははがされてぼろぼろになってしまっていた。長女は泣いた。私も悔しかった。

長女なりに起きていることを消化しようとしていた。「やったひとには、ごめんねっていってほしかった」自分は人が嫌だと思うことはしないようにしているのに、自分がされるなら、しないようにしている自分がばからしい、そういうふうに感じていたようだ。でもそういうふうに思いたくないという自分もいて答えを探そうと次から次へ話をとばしながら話し続けていた。

もう人のことは信じない、という結論をだしてほしくないし、彼女ならそうはならないだろう。きっとそうなってしまうのが「絶望」でそうならずにそれでも人を信じようという「希望」をまた持つことができるのが「失望」なのかもしれない。

そういう意味ではたくさん失望していいと思う。失望は糧になると思う。強く(=優しく)なれる。

昨年私が感じた失望も希望がみえてきているものがたくさんある。自分に対する失望はなかなか希望にかえるのにパワーがいる。でも絶望するわけにはいかない。自分には妻もいる、子供たちもいる。特に子供たちは自分の姿をみて嫌でも無意識のうちに参考にするだろう。

子供たちも一歩一歩つまずきながらもしっかりと歩いている。私も全てを投げ出したくなってしまいたくなるようなときでも、そしてどうしてもつらいときは時には感情を封印してしまってでも、小さな希望を足元に探して楽しく生きていこう。

4人で少なくとも子供たちという希望のかたまりを目の前にして生きていかれている今は、希望を探すのに苦労はしない。

子供たちが巣立っていくまでには、仕事の面でも自分的に輝くものを作り上げておきたい。誰かに役にたてるようなものを残したい。今もまったく役にたっていないとは思っていないけど、今よりももう少し深い意味で。

たとえ曲がりくねった歩みでも、迷いどおしの足取りでも、歩きつづけることに意味がある。希望とは目的地ではなく、歩くことそのものの中にあるのだ。先は長い。休んでも、歩くのをやめるわけにはいかない。希望の大きなかたまりを一つ拾って器が満杯になるなら話は早い。でも、たった一つの希望でしか満たされない世の中というのは、なんだか怖くないだろうか?

小さな希望でいい。その代わり、感動やよろこびや涙や微笑(ほほえ)みなどに姿を変えているはずの希望のかけらを、たくさん。さまざまな色や形のものを、こまめに。

ときには小説や映画やマンガが役に立つかもしれない。日常生活の中で希望のかけらを見つけることもあるだろう。おとなはその見つけ方が子どもよりもうまいはずだ。うまくなくては困る。子どもが見過ごしたものを「ほら、ここにも」と教えて、希望とは坂の上ではなく足元にあるんだと伝えて……おとなの仲間入りをする君もそうであってほしい、と願っている。

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あっという間の年末年始

年末から年始にかけて、携帯の電波さえも届かないところに行っていた。

31日に出発して、2日に帰ってきたのだけどなんだかんだドタバタであっという間に正月が終わってしまった。

行ってきたのはキャンプ場。真冬のキャンプ場もいい感じ。キャンプ場といっても泊まったのはコテージでなんと床暖房まで完備してる。それでも夜は寒かったけど。赤ちゃんたちも含め子供達も風邪を引かなかったようでよかった。

今年の年末年始はトラブル続きで31日も1日も仕事が入って、結局一日も休みが無い!という状況になってしまった。その割にはこれは年末に終わらせておこう、と思っていた仕事が全然終わってない。それなのに容赦なく年末年始は過ぎ去って周りも普段のペースになってしまった。

めちゃくちゃ焦りがあるけれど、焦ってばかりでも何も進まないので、やることを整理してできることからやっていくしかない。いいことなのかどうなのか、最近はこういう状況でも平常心でいられるようになった。でもこの能力がないと、やってけない。

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ふと横をみると、昨日長男が「あーけーてー」と言いながらずっと持っていた「たべっ子どうぶつ」があった。夕飯前だったから「ご飯終わったら」と言って開けてあげず、ご飯が終わった後は、「ご飯全然食べてないでしょ。ちゃんと食べなきゃダメ」と言って開けてあげなかった。

封の開いていない袋をみると、ちゃんとご飯食べさせて、それから開けてあげればよかったな、と反省。昨夜はちょっと疲れていて自分が食べ終わったら食卓を離れてしまったのだ。子供達の食事はあまりにも長いから最後まで一緒に座っているのはなかなか大変だ。結局最後は子供達だけが座っているという状況になることがよくある。もう少し考えなきゃな。

今朝は早く家を出てしまうから長男とは話せないだろう。自己満足だけど封を開けといてあげよう。

「はだかんぼったら、はだかんぼっ」

「はだかんぼったら、はだかんぼっ」

長男がはだかで踊りながら仕事部屋にやってきた。

「ちょっときてよー、ぱーぱ」
「もうひとりあかちゃんもいいよね?」

よく意味が分からなかったけど長男に連れられて行くと、ふとんに赤ちゃんが一人はだかでおかれている。妻を探すと赤ちゃん一人と風呂に入っていた。よく状況が分からなかったのだけど、今日は仕事が厳しいって言ってあったから一人で二人をお風呂にいれようとして、二人目をもう裸にしておいたのかな・・とも思ったけど、よく考えると妻が赤ちゃんをはだかでなにもかけずに放置するなんて考えにくい。

「ゆーたがねー、ひとりでやったんだよ」

なるほど、そういうことか。でも赤ちゃんの洋服も下着もおむつも一人で脱がせるとは驚いた。

「はだかんぼったら、はだかんぼっ」

赤ちゃんのまわりをぐるぐる回りながら踊り続ける。そこに長女も加わってお祭り状態。あかちゃんも笑ってる。

長男と三女「k」

長男と三女「K」

子供達といると毎日が新鮮だ。今日もまたひとつ成長を感じた。毎日毎日少しずつ大きくなっていくんだな。

よろこぶところのはずなんだけど、やっぱりどこか寂しさも感じてしまう。この日はもう戻らない。この日の子供達にはもう会えない。

毎日毎日を大切に、しっかりとうけとめて生きていきたいな、と思った。

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Poster Movie Fifty Shades Darker 2017

Fifty Shades Darker (2017) HD

Director : James Foley.
Producer : Dana Brunetti, Michael De Luca, E.L. James, Marcus Viscidi.
Release : February 8, 2017
Country : United States of America.
Production Company : Universal Pictures.
Language : English.
Runtime : 118 min.
Genre : Drama, Romance.

‘Fifty Shades Darker’ is a movie genre Drama, was released in February 8, 2017. James Foley was directed this movie and starring by Dakota Johnson. This movie tell story about When a wounded Christian Grey tries to entice a cautious Ana Steele back into his life, she demands a new arrangement before she will give him another chance. As the two begin to build trust and find stability, shadowy figures from Christian’s past start to circle the couple, determined to destroy their hopes for a future together.

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自信のある子に育てたい。本当に?

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貴重な時間 – 4人同時に昼寝

最近子供たちを怒ることがちょっと多い気がする。

たぶん特に子供たちが最近特別悪い、というわけでは無い気がする。

単に自分に余裕がないだけ、というより手抜きなのかも。

怒るのは疲れるけど、簡単なのだ。

はやく靴をはきなさい。はやく寝なさい。・・・はやく、はやくというのがとても増えてしまっているかも。もっと子供のペースにあわせなくては。結局待てずにやってあげたりしてる。せっかく自分でやってみようという意欲をそいでいるのでは。

はやく靴はかないと連れていかないよ・・・○○しないと○○しないよ。とか、脅しが増えてる気もする。なんとなく、ほんとなんとなくだけど、子供たちが私を見る目のどこかに、ふと恐れというか遠慮のようなものが見える気がすることがある。愛をもって接すること、できてるかな。

ちゃんと持って、こぼさないでよ。・・・失敗するなよ。というメッセージを送っていないだろうか。人って失敗するからこそ成長するのに。いっぱいいっぱい失敗して成長して欲しいのに。その場が面倒なことになるから、失敗を恐れるようにいいきかせてるのかも。

ほらいったでしょ。また、やった。ごめんなさいは?。・・・そして失敗したらそれを責めていることが多い。失敗しても大丈夫なんだ。やり直しがきくんだ。そこから学べることがあるんだ。おそれることはないんだっていうメッセージを伝えるどころか、自信をなくさせているのでは・・。

自分は子供たちをどういう子に育てたいんだろう。

少なくとも
・自分でやってみようという意欲がない
・親を恐れる
・失敗をおそれる
・自信がない
子に育てたいと思っているわけではないはずだ。

でも行動で子供たちに実際に伝えているメッセージはどうなんだろう・・。

いくら頭で思っていても何の意味もない。

実際の場面でいろいろ考えている余裕がないことが多いけど、子供たちにプレゼントしたいと思っているもの – 自信 – を持った子に育つように、それだけは常に意識していたいな。

つい、わらっちゃいます

2009年5月25日、妻達が退院してくる3日前に書いた文章。

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あと3日で、双子の娘たちが帰ってきます。

生まれてから一度も家に入った事がないのに、帰ってくるというのもどうかと思ったのですが、妻のお腹の中にいたときにもしっかり生きていたし、そのときには間違いなく家にいたわけだから、やっぱり帰ってくるというのがしっくりくる気がします。
父と娘(4)と息子(2)の三人の生活も意外と楽しいのですが、(ほんとは仕事がなかったら、あるいはこんなに忙しく無かったらもっともっと楽しいだろうな)やっぱりはやく娘たちをもっとゆっくり抱っこしたいし、上の子たちが抱っこしている姿をみたいし、家族が全員そろっての生活をしたいですね。

ほんとにきつい毎日だけど、どんな日ももう二度と戻ってくる事はないし、この生活も振り返ってみるととても楽しくて愛おしくなると確信してるし、それを分かってて生活するのとそうでないのとでは、その瞬間の余裕も違うし、その瞬間を楽しめるかどうかにも関わってくると思います。

きついことばかりだと、ついつい忘れてしまうけど、子供たちの不安な顔や、悪い事しちゃったという顔や、ふざけた顔や、嬉しそうな顔や、爆発しそうな笑顔をみていると、どんなに怒っていても、つい笑っちゃいます。

ほんとに子供たちに助けられてるなと感じる毎日です。こころからありがとう。