肛門周囲膿瘍・・・一応完治ということで

昨日、病院へ行ってきた。

見た目はちょっと黒っぽくなっているが、こりこりした感じもなくなって平らになった。肛門周囲膿瘍ができてから一ヵ月半くらいが経ち一応これで完治ということになった。

「一応」というのは前にも一度よくなったのだが、復活したことがあるから。 前回は2週間で復活したけど、今回は3週間が経っているから大丈夫だろう。

最初にできたときにいろいろ調べたら1年くらいはかかりそうと覚悟していたので、この短期間で治って本当によかった。妻も消毒や薬で大変だし、大きくなっているときは本人も相当痛いらしいから。

動物園にいく目的は動物を見ることじゃない

目の前のことに一生懸命になりすぎて、目的を忘れてしまうことはよくある。特に子供と出かけるときはそうなりがちだ。

土曜日、大学時代の友人の家族とズーラシアへ行ってきた。 ズーラシアはとにかく広い。そしてできるだけ動物たちが自然に近い状態で見られるようにしてあるようだ。ライオンにしてもトラにしてもかなり広い敷地の中に数頭がいる。動物にとっては、他の動物園に比べれば幸せかもしれない。

その分、見に行くほうにとっては見にくい。それでも大人は十分楽しめるが、2歳児にとってはかなり厳しい。さすがに象は分かったと思うけど、トラやライオンは分からなかっただろう。

でも私はズーラシアが好きだ。そして、長女も実は結構楽しんでいる。長女にとっては、もちろん動物を見るのも楽しいが、動物園の中を歩くのが楽しいようだ。実際、ズーラシアは大きな公園のようになっていて小さな川が流れていたり、大きな広場があったり、出口付近にはすべりだいなんかの遊具もたくさんある。長女は動物を見ることよりも、歩いたり走ったり、霧が立ち上る川をみたり、すべりだいを滑ったりするのが楽しかったようだ。

ついついせっかく動物園に来たんだから、動物を見てよって言いたくなってしまうけど、動物園にきた本当の目的は動物を見ることではなくて、「みんなで楽しむこと」だ。実は、この目的は完璧に達成できてた。

私はズーラシアに行くときはいつも公園に行く感覚だ。すごく広い公園で、おまけに動物もいる。ズーラシアで(半年前に行ったとき)だから子供の散歩につきあう大人の暇つぶしにはちょうどいいのだ。

またズーラシアに散歩に行きたいなと思う。 すっごく疲れたけどすがすがしくて楽しい気持ちになれた。

※写真は半年前に行ったときに撮ったもの

神々の子育ての続きをする・・子供がもともと持っているもの

先日、妻の友人に誘われてシュタイナー教育のセミナーのようなものへ行ってきた。とても興味深い内容だったが、その中でも印象に残ったのが、赤ちゃんは生まれる前に神々から教育を受けてきていて、私たちはその続きを担うというような考え方。自分の考えとすり合わせながら聞いていたので、私の捉え方は、もしかしたらシュタイナー教育の本当の考え方とは 少し違うのかもしれないが、この考え方って面白いなって思った。

ここから先はその言葉をきいての私の勝手な考え方。

家に友達や家族がきて帰るときに、時々長女は下まで送って行きたいという。お客さんが車に乗って動き出すと、長女は「ばいばい」といいながら手を振る。私もお客さんの中に小さな子がいたりすると、一緒に手を振る。でも、長女の手の振り方は徹底している。

車が動き出して、人の姿がもう見えなくなっても、ずっと手を振り続ける。 完全に車が見えなくなるまで、じっとその方向を見て手を振り続ける。そして完全に見えなくなったら、ちょっと寂しそうな顔と声で、「いっちゃった」と言う。

この純粋さに心を打たれる。

一つ一つのことに全力で取り組む。全身全霊で愛情を伝え注ぎ込む。

これって大人になるとなかなかできない。

それを思ったとき、生まれたばかりの状態がもっとも優れた状態で、そこから落ち込んでいってしまうのではないかとふと感じた。

(全然関係ないのかもしれないが、セミナーでも人間の一生の話をしたときに、下向きの半円を描いて説明してた。左側の一番高いところが0歳。そこから一番下が40歳(人によって10歳のこともあれば50歳のこともある。要は人生の半分)。そして一番右側の高いところが死ぬとき。 )

とすると、神々のしてきた教育を受け継ぐという感覚がぴったりくる。

こういうことを感じることは度々ある。それは子供が純粋で一途でいつも一生懸命だからだ。教育ってきっと、どう新しいことを覚えさせるとか、変えていくかということではなくて、もともと持っているものをどう維持するか、失わないようにするか、より輝かせるかということなのかなと思った。

私は、こういうのは科学的な話とかそういうのはどうでもよくて、感覚的に自分がどう感じて行動するかというのが大事だと思う。私にとってそう感じていたほうが幸せだからそう感じていたい、それだけだ。

急激な成長

2週間くらいブログを書いていなかった間に、長女も長男も急激に成長したように感じる。

長男については、表情が豊かになってきた。長女のときはなんとなく生後3ヶ月くらいまでほとんど笑うことがなかったような気がしたが、長男はよく笑う。しかも新生児特有の自然にでる笑顔というよりも、こちらの対応に反応して笑ってくれる。

長女は、今は言葉をどんどんと覚えていっている。「これ、なーに」が口癖で一度教えると、ほぼ確実に覚えてしまう。あるものの名前を一度教えただけなのにそれから数日して 、それを持ってきてちゃんと名前を言える。きっと当たり前なんだけど、人間ってすごいなって思う。

ちょっと前まで、たった半年前まではほとんど会話になんかならなかったのに、今ではなんとなく会話になっている。

これからどんどん成長していって、普通に会話ができるようになるということが、まだ想像ができない。きっとそうなったら、今のたどたどしい会話を懐かしく思うんだろうな。

一つ一つの会話を、やりとりを大切にしたいと思う。

肛門周囲膿瘍・・・もう大丈夫か?

妻が病院に連れて行った翌週に病院に連れて行ったが、そのときも特に変化はなく、少し色が変わっているが膨らんできてはいない状態だった。予定ではさらに翌週に行くという話しだったが、今回は1週あけて2週間後に行くことになった。つまり明後日だ。それまでの間は、薬と消毒を続けることになった。こんな小さな子に抗生物質を飲ませるのは抵抗があるが、仕方がない。この薬と消毒の作業はすべて妻に任せてしまっているが、 なかなか大変だ。今ではほとんど日課のようになってはいるが、はやくこの作業も終わりになるといいな。

今のところ、肛門周囲膿瘍についてはあまり変化がない。なんとなく、少し大きくなったような感じもしたが、そこから大きくなっていく様子はない。おしりを拭いているとちょっとコリッと感じる。ちょっと心配だ。

2歳の誕生日 長女が生まれてかわったこと

2臀��鐃緒申鐃緒申鐃緒申鐃�4月28日は長女の2歳の誕生日だった。

まだ2年しか経っていないんだな。今は長女がいない生活は考えられない。結婚してから長女が生まれるまでに10ヶ月くらいしかなかったから、二人だけの生活は実際短い時間だったのだけど、もう想像ができないくらい長女のいる生活があたり前になっている。

たったの2年前にはこの世にさえも存在しなかったのが信じられない。いや、実際には妻のおなかの中にはもっと前からいたのだけど、それよりももっともっと前からきっともうどこかにいたのだと思う。そして私たちの準備ができるのを待っていたんだ。

長男も同じように、私たち夫婦と、そして長女の準備ができるのを待っていたのだと思う。きっとまだ何人か私たちの準備ができるのを待っている子がいるんだろうな。

長女が生まれる前の人生も、それなりにいろんなことがあった。いいことも、わるいこともあった。自分なりに一生懸命生きていたし、太い人生を生きていると思っていた。

でも、それが本当に小さな人生に思えるくらい、長女が生まれたことで変わった。

私の母は、自他共に認める子供好きだ。子供のために生きていると本人も思っているし、私たちもそう感じている。そういう人生を、「もったいないよ」とか「もっと自分の人生を生きてほしい」って思っていたことがあった。でも今はわかる。それが幸せなんだと思う。

少なくとも私にとっては子供たちのために生きる人生は最高の人生だ。

でも、子供たちの負担にならないように気をつけなくてはいけない、といつも思う。子供たちは、当たり前だけど、もう別の人格を持った別の人間だ。それぞれの人生がある。

とはいっても、まだ自分の人生も始まったばかり。子供たちの成長をみまもっているという、この優雅でまろやかな中にひたっていたいけど、そうもいかない。

自分達自身の目標も再度確認して前進していきたいな。きっとそれが子供にとっても嬉しいだろうと思う。

夜中の散歩

昨日、長女は9時に寝た。そして10時に起きた。

起きたと思ったら突然大泣きして妻に飛びついてきたという。私は仕事中だったが普通じゃない泣き方だったのですぐに様子を見に行った。

どうやら夢を見たようで、「いやだよ、やだよ」と言っているみたい。しばらく二人で慰めてみても全くおさまる気配がない。 アンパンマンのテレビを見せても泣き止まず、妻に目も合わせようとしないで泣き続ける。

これは一旦起こしたほうがよさそうだと思って、電気もつけた。ちょうどアンパンマンミュージアムの 紹介がビデオで流れたところで、なんとか気を引くことができて落ち着いた。

よかった・・・と思っていると今度は「にゅーにゅ」と言い始めた。牛乳あるいは豆乳のことだ。長女はどちらでも飲むのだけど、昨日買って来た無調整豆乳はどうも嫌らしい。

また泣き始めても困るし、30分以上泣き続けていて、なんだかかわいそうだったので仕方なく近くのコンビニに買いに行くことにした。

長女は妻がだっこしていないと落ち着いてないから、長男が泣き出すとまた大変なことになる。長男を連れて行くしかないなと思ったのだけど、私が買いに行く準備をしていると長女はそれに察したらしく、「長女も」と言う。

ベビーシートがまだ長女用になっていたので、長男を車に乗せるよりはいいかと思って連れて行くことにした。

さっき抱っこしたときにはがちがちに硬くなっていた長女だが、今度はだらんと私にもたれかかってくる。長女を車に乗せようとしたが、「長女、さんぽ、だっこ」と言う。コンビニまでは歩いたら15分くらいはかかるのだけど、今日はだっこして行ってあげたいなと思った。

すごく眠そうにしていたのですぐ寝るかなと思いきや、目はぱっちり開けていた。不安そうに抱きつく長女に歌を歌ってあげた。そしていろいろな話をした。昨日あったこと、今日あったこと、夢のこと、通りかかった猫のこと。そのたびに長女は、わかっているのかわかっていないのか、反応してくれた。

途中の自動販売機で牛乳が売っていないのをみて、私が「やっぱり牛乳ないね」というと、「にゅーにゅ、ないねー。だいぼーぶ(大丈夫)。にゅーにゅ、あぅよー」と励ましてくれた。

私は家で仕事をすることが多いので普通よりは多いと思うのだが、二人だけでいることってやっぱり少ない。長女が不安で甘えたいときに二人でいるのは、もしかしたら妻が長男を生んだときに入院していたとき以来かもしれない。こういう機会はどんどん減っていくのかもしれないな。

やっぱり父親は母親にはかなわない部分はたくさんある。それでもこうやって頼ってくれると嬉しい。

10キロを超える長女と、帰りは200mlの牛乳を飲ませながら、1リットルの牛乳と、長女が「どうぞ」と選んでくれたコーヒー牛乳を抱えての30分の道のりは、相当きつかったけど、幸せな時間だった。

その後長女は落ち着いて、なんだかやけに機嫌がよくなり、結局寝たのは12時を回っていた。

経験したことのない自分

ゆーた、ねんねーよ子育てをしていると、今までに経験したことのない自分に出会うことが度々ある。

その中でも一番驚くのが経験したことのない「怒り」だ。 自分の中にこんなに激しい感情があったのだ。

夜中に子供が泣きわめいて、なにをしても泣き止まず、30分、1時間と経過すると、これまでに経験したことのない怒りというかイライラがこみ上げてくる。子供を床に落としたという親のニュースが時々流れるが、その気持ちが少し分気がするくらいだ。 もちろん、絶対やらないけど。

目をそらそうとする子供の目を無理やり見て、「どうしたの」と強く言ってしまうことがあった。当然そんなことをしたって何の意味もない。子供にとっては嫌な気持ちが増幅するだけで恐怖に感じるかもしれない。

翌日落ち着いたときには、本当に申し訳ないと反省する。今日からも「ぱぱ、ぱぱ」ってよんでくれるかな、と心配になってしまう。長女はそんな心配をよそに、朝になると仕事部屋に走ってきて「ぱぱ、おはよ」と言ってくれる。 それを見て、「ああ、ごめんね」って心から思う。

そんなふうに自分の感情が高ぶってしまうときは、いったん距離を置くようにしている。一度ベッドに寝かせて、当然泣くけど、自分の気持ちをぶつけてしまうよりはよっぽどいいと思う。自分の気持ちを落ち着かせてそれからまた抱っこする。

最近は長男がよく夜に泣く。やっぱりいらいらしてしまうことがある。 そして、反省・・・。

子育ては、今までにない状況におかれることや、今までにない挑戦をさせられることが多々ある。きっと子供がいなかったらこんな自分は経験はしなかったと思う。そしてこの試練?を乗り越えて、また一歩人間として成長していけるのだと思う。

そう捉えて、少しでも平常心でいられるようにしたい。

根岸森林公園に行ってきた

みんなであそぼ

先日、友達の颯太くんと一緒に根岸森林公園に行ってきた。

かなり大きい芝のある公園で、とてもよかった。2家族で昼前からお弁当を持ってでかけた。ゴールデンウィーク中だったけど、本当に広々しているので日陰のいい場所に陣取ることもできた。

二人ともすごく楽しそうにはしゃいでいた。こっちとしても芝生だから転んでも怖くないし、広々しているからかなり遠くまで行っても姿が見えるので楽だった。

シャボン玉

そうこうしているうちに、いつの間にか颯太くんも長女も別の家族の方々と一緒に遊んでいた。しゃぼん玉がとても楽しかったようだ。すごく大きいしゃぼん玉もあって、長女も大喜びだった。やっぱり子供は子供と遊んでいるときが一番楽しそうだ。こういうところへ行っても一家族だけだと、最初はいいのだけどなんとなくすぐに限界がきてしまう。保育園にも行っていない分、他の子と遊ぶ時間は貴重だ。

公園はこの広大な芝のスペースと池があって、さらに奥へいくとすべり台とかの遊具がある。ここにある家なのかお店なのかをイメージした遊具があって、長女はとても気に入っていた。周りには木も多いので影のスペースに困ることもない。

結局、昼前から昼寝もせずに3時ごろまでは遊んでいただろうか。二人ともまだ帰る気はなさそうだったが、車に乗るとさすがに寝てしまった。

長男は、公園にいる間はずっとベビーカー。ちょっとかわいそうだったけど我慢してね。長男がもう少し大きくなったときもまたつれてきてあげるから。

なかなかこうして思い切り自由に遊べる機会をつくってあげることは難しい。また連れて行ってあげたいな。

肛門周囲膿瘍 とりあえず様子見

昨日妻が病院へ連れて行った。

病院でさらに膿を抜いたという。そのときは白い膿というよりも血と混ざったどろっとしたものが出てきたらしい。別の場所にもう一箇所針をさしてみて、もう膿がでないことを確認して一応処置は終了。

今後は再度、消毒、塗り薬、飲み薬で様子を見る。来週もう一度行く予定。今回はよくなったと思ったら再度できてしまったので、来週よくなっていたとしても再来週も行くことになった。消毒や薬は妻に任せっぱなしなので、妻はまた大変になるな。

先生の話によると、通常はこのまま落ち着くことが多いらしい。そうなってくれるとありがたい。でも、もしまた続くようだと小児外科への紹介になるということだから、きっと切開するということだろう。

長男は今は触っても痛くないらしい。このまま治ってくれるといいんだけど・・・。