ちいさなこと (子供たちへの手紙)

パパは何か嫌なことがあったり、落ち込むようなことがあったとき、ちょっとその出来事から離れて大きく見るようにしている。

例えば、仕事がうまくいかなかったときは、「仕事なんて人生のほんの一部じゃないか、家族といるだけで幸せだし、信頼できる友達もいる。いざとなったらどこかしらで働くことはできるだろうし、たくさんのお金がなくても幸せに生活することだってできるはずだ。」と考えたりする。

とても大切な人と喧嘩をしてしまったときは、「これだけの長い付き合いをしてきたなかで、うまくいっていない今の時期はちっぽけな時間じゃないか。きっとすぐにうまくいくようになる。それに喧嘩ができるということは本音で話ができるということだ。そのうちお互い冷静になってまた楽しく話ができるときがくるさ」と考えたりする。

君たちも、きっと何かで悩んだり苦しんだりすることがあると思う。そんなときは「ちいさなことだ」と思えたらきっと楽になれると思うよ。

パパに相談してくれたら、ほんとは「ちいさなことだよ」と励ましてあげたいけど、きっとそんなことをいったら「何も分かっていない」とおこるんだろうな。

パパがこころから君たちの苦しみを分かってあげて、その上で「ちいさなことだよ」と言えたらきっと共感できるのだと思うけど、それは本当に難しいことだと思う。

(ちゃんと分かってあげもせずに、「そんな小さなことで悩んでいるのか」なんてきっと言ってしまうときがあるんだろうな。)

そんなときは、やっぱり自分で「ちいさなことだ」って思えると楽になると思うんだ。そのためには、ちょっとその出来事から離れて大きい視野で見てみると、もしかしたらそう思えるかもしれない。

子供たちへの手紙

日々の生活をしている中で、いつか子供たちへ伝えたいなと思う出来事や、気持ちが時々ある。そんなときに思ったことを将来の「子供たちへの手紙」として書いたら書きやすいなと思ったので、「子供たちへの手紙」というカテゴリを作ってみました。

将来本当に読んで欲しい・・・とは思わないけど、自分で読み返したときに「こう思っていたんだな」って思えたらいいなと思う。

長女と二人でおでかけ

今日はほんとにただの記録(日記)です。

昨日は久しぶりに長女と二人ででかけた。長女は朝からどこかに行きたかったのだけど、長男は熱がでていたので、あまり外に出したくなかったので、私が長女をつれて出かけることにした。

時々、長女をつれてコンビニとか近くへ出かけることはあったが、昨日みたいに少し長めに二人だけで出かけたのは久しぶりだ。

長女のリクエストで、託児所があるデパートに行った。長女はその託児所が気に入っているのだ。出かけたのが15時過ぎだったので、予想通り車に乗ったとたんに眠そうになった。「寝ていいよ」と言っても「だいじょうぶ」とがんばる。そこで、「ついたら起こしてあげるからねんねしてな」というと、納得したようで「それがいい」といって寝はじめた。

「起こしてあげる」とはいっても、長女の昼寝はものすごく深いので、1、2時間は覚悟しなきゃなと思っていたのだが、託児所の前について一応長女に「ついたけど、どうする?いく?」と声をかけると、意外なことに眠そうな目をこすりながらも、「いく」と返事をした。

託児所に預けるのは一時間だけ。その間、私は本屋で過ごす。大量に仕事が残っているのでこの時間に少しでも進めようとは思ったのだけど、席が開いていなくて結局仕事はできなかった。

一時間後、眠そうに入っていった長女だったが出てきたときは、目がらんらんと輝いていて興奮していた。そしてそこであったことを、今の感情全てを伝えたいかのように、矢継ぎ早に話し始める。

「きょうはね、パズルしたよ。2つしたの。しゅー(滑り台)もやった。ジャングルジムもしてね、めるちゃんともあそんだの。おにいちゃんがいてね、ジャングルジムでのジャンプジャンプしてたの。おにいちゃんはね、こわくないのよねー。長女はね、こわいとおもうのよねー。長女はね、おにいちゃんになったら、こわくないとおもうんだよ。おにいちゃんはね、『おーいぇー』のおようふくきてたの。」

<iframe src="http://rcm-jp.amazon acheter cialis en andorre.co.jp/e/cm?t=lifeistooshor-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000LVTT0U&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr” style=”width: 120px; height: 240px” marginwidth=”0″ marginheight=”0″ align=”right” frameborder=”0″ scrolling=”no”>おーいぇーとは、Carsのことだと分かった。長男がクリスマスにサンタさんからもらったCarsの小さな車のクラクションを鳴らしたときに、Oh, yeah..というのを聞いてそう表現したのだろう。

それから、「すこし絵本みる?」ときくと、喜んで「いく!」というので、本屋にいった。「普通」の絵本を買ってあげようと思っていたのだけど、長女はやっぱりアンパンマンだ。「アンパンマンのたのしいあいうえお」という本を買うことになった。ひらがなとカタカナが書いてあって、それぞれの文字については、「これはどのおともだちの?」と誰の名前につく文字かを知りたがっていた。この本を買うと、読むたびに聞かれて大変だろうな、と思いつつも文字と触れあういい機会だからと思って買うことにした。

久しぶりに長女と二人ででかけてみて、結構楽しかった。最近は仕事がいっぱいいっぱいでなかなか時間が作れないけど、これからもたまには二人ででかけてもいいなと思った。妻にとっても少しは気が休まるだろう。二人いると、それぞれを気にかけるのと、さらにその二人の関係を気にかけるので、一人を見ているより3倍くらい大変な気がする。 本当は長男も連れて行って、妻にもたまには子供たちから完全に離れる時間を作ってあげたいけど・・・もう少し仕事が片付いたらそういう機会を作ろう。

今度は長男と二人ででかけるのもいいね。

自分の頭の中の子供たちも常に「更新」

子供の成長は本当にはやいです。

なので、「もうこんなことをするようになったんだ」とか「もうこんなことを言うようになったんだな」と思うことがよくあります。

成長するのがはやいと分かっていても、ついついこれまでと同じ感覚で[子供扱いして]接してしまって、予想していたのと違う子供の反応をみて、はっとさせられることがあります。もうこんなことも分かっていたんだ、こんな風に考えられるようになったんだ、とか。

大人にも言えると思いますが、 人は毎日毎日変化しています。これまでと同じ感覚で何も考えずに対応するというのは問題だなと思いました。常に新鮮な感覚で、その瞬間のその人を受け止めて対応したいものです。

特に子供の成長は驚くほど速いので、自分の頭の中の子供たちも常に「更新」していきたいと思います。

成功するまであきらめない – 長男が歩いた[6歩]

長男が歩いた 3歩、そして6歩

この間書いたときは、ソファや、ママに飛びこむように1歩、2歩歩きました。昨日は両手を離してしっかりと立ち上がってから、ゆっくりと、でもしっかりと最初は3歩、そして、2回目の挑戦では6歩あるきました。どこでもやるのかは知りませんが、うちでは一歳のときにお餅を担がせて歩かせます。長女のときは、まぁなんとか歩くことができました。長男の誕生日まであと半月。ちょっと難しいかなと思いつつも、長男は男の子だけあって、長女に比べると力も強いし、体もしっかりしているので、もしかしたら・・・とちょっと期待しています。

成功するまであきらめない

成功するまであきらめなければ、必ず成功するとよく言われます。子供は何度失敗しても絶対にあきらめません。だから見ているこっちも、いつか必ず歩くようになるだろうと安心して見ていられます。Watch Full Movie Online Streaming Online and Download

私は自営業なので(最近はサラリーマンでもそうですが)、先が全く読めないし、今はまだまだ安定していません。今は自分でも信じられないほどのハードワークを続けているし、これからも続けなくてはならないのかもしれません。いつかは会社を大きくして、(まぁ、大きくしなくてもいいのですが)自由に使える時間を増やしてゆったりとした生活を送りたいななんて思っていますが、ほんとにそんなことができるのだろうかと時々不安になります。むしろ今やっているのはIT関連なので、年とともにできなくなるのではないかと不安です。

でも長男を見ていると、あきらめなければ必ず成功できると思えてきます。そして長男を安心して見ているのと同じように自分自身も安心して見ていられるようになります。大丈夫、目標を心に描いて、自分を信じてあきらめずにがんばれば、必ずうまくいくから、と。