子どもたちに見せたいもの、父からもらったもの

2年がかりの大きな仕事が、一応昨日で終わった。

仕事といっても普段の仕事とは関係ない内容の無報酬のボランティアみたいなもの。まだ、引き継ぎもあるし、引き継いでもすぐに次の人たちに丸投げしてしまうのは申し訳ないので、おそらく8月ころまではなんだかんだ手伝っていくことになるんだろうとは思うけど、形としては一応区切りがついた。

とっても大変だった。
土日を使うことが多い仕事なので、子供たちとの時間を犠牲にもしてきたし、そんな風にがんばってきても、みんなのためによかれと思って無報酬でやっているにも関わらず、いろんな人からの心無い批判、もっともな批判を受けることもあり、モチベーションを維持するのも大変だった。

それでも、なんとか自分なりにできることはやったと思うし、2年目を一緒にがんばった仲間は本当に素晴らしい仕事をしたと胸を張れる。

もちろんみんなのため、というのもあるけど、もちろん子供たちのためにやったというのもある。自分たちがやらなければおそらく全く無かっただろう地域の交流も増えたし、お祭りを一から生み出したりもした。

引き継ぐ人、続けていく人が大変、という批判もあったけど、やっぱり人と人との交流って大切だと思うし、大変なことをするからこそできるもの、得るものも多くあると思う。そう思っている人が少なくないということも知ったし、今年もそういう人たちが手伝ってくれると信じているし、私も全力でサポートするつもりだ。

5年後、10年後にやっぱりあのときやってよかったな、と思える状態になっていればいいな。そして、そう思えるようにサポートしていかなきゃな。

もう一つ副産物がある。この一年子供たちは私が多くの人の前で話をしたり、説明をしたり、批判をされたり、提案をしていく姿を見てきた。実はこういう姿を見せたい、というのもあった。
もちろんパパすごい、と思ってもらうためじゃない。そういう姿を間近に見ていると、きっとそれが当たり前のように感じられるようになって、人のために自分ができることをやること、多くの人の前で話をすること、などが自然のことのように感じられるようになってくれるといいな、と思ったから。
双子達はまだ1歳半だから全然分からないだろうけど、きっと長女や長男はなにか得たものがあったんじゃないかと思ってる。

実は私の父がそうだった。私の父も多くの人の前で話をする場面に、私たちが小さい頃から連れていってくれていた。そのころは面倒だな、とか行かなきゃいけないのかな、と思うことがある一方、ちょっと誇りに感じたりもしていたと思う。きっとそういう経験をしているからこそ、今回みたいな時に手をあげたのだと思う。

別にそうすること、そうできることが必ずしもいいことだとは思わないけど、そういう場面になって必要だ、と思ったときに手を上げるという選択肢が自分の中にある状態になればいいな、とは思う。

この話とは全く別の話だけど、そんな父も今では車で1時間程度の距離にいながら会えない関係になってしまっている。それどころか母や弟達、つまりは自分の子供たち、たぶん私もその中に含まれるけど・・を何とか破滅させようとがんばっているようだ。父は長女が2歳の姿しか見たことがない。長男は生まれたばかりの姿が最後だったと思う。双子達については存在すら知らないだろう。
やっぱり寂しくて残念だけど、死ぬまで会えないのかもしれない。一度手紙を送ったこともあるけど反応はなかった。それでももしかしたら、きっといつか・・・という希望は心のどこかに残っている。

(すみません、バルーンの話はまたこの次、ということで)

バルーンアート、割れたので作ることに

先日ショッピングセンターにいったときに、アンケートを書いたらバルーンでつくった動物や剣がもらえるということでアンケートを書いた。バルーンは6コくらいしか無かったのだけど、お姉さん、快く一人一ついいですよ、と言ってくれたので遠慮なく4つもらった。

長男と三女(ふたりは何となく性格が似てる)は剣を選び、長女はうさぎ、次女はハート(この二人も何となく性格が似てる)を選んだ。

しばらくすると、運悪く、そういうことになると一番騒ぎそうな長男と三女の風船が割れた。予想通り長男は大泣き。さすがに残り2コになってしまったものをまたもらいには行けないので、バルーンを買って家でつくろう、ということで納得した。


というわけでその場でamazonでバルーンキットを購入。こういうのって本をみてもなかなか感覚がつかめないのでDVDつきのにした。50コのバルーンもついて1500円。なかなか安い。と思ったけど実はウェブでちょっと検索すると大量に作り方のサイトや動画まででてくるからDVDなしでもよかったかも・・・。

そしてそれが昨日届いたのを発見した長男が興奮しながらやってきた。早速DVDをみてみるとなかなか分かりやすい。こっちとしては基本のところから少しずつやっていきたいところなのだけど、子どもたちはそんなのお構いなく作って欲しいものをしてしてくる。

というわけで、いきなり中級編の「さかな」と「剣」を作ることに。

さかなと剣

さかなはバランスがかなり悪くて不格好になってしまった。それでも長男は気に入って長くなってしまった片方の尾びれを持って楽しそうに遊んでいる。剣は意外に簡単でまずまずそれらしくなった。

子どもたちのためにと思って買ったけど、これ、慣れると意外に楽しいかも。今日は(あまり時間はないのだけど)長女に作り方を教える予定。結構根気がいるからちょっと不安。長女、得意なことや好きなことはものすごい集中力で何時間もやるのだけど、思うようにいかないことは苦手。まぁ、今はそれでいいと思うのだけど。

追記: 5歳長女、意外にもバルーンアート上手に作った

やりたいことがたくさん

やりたいことがいっぱいある。
どれも大変そうだけど楽しそう。
そしてそのどれもが仕事という状況、本当に幸せなことだなと思う。
しかも、ほとんどは妻や子どもたちがいる家でできる。

問題はやることが多すぎるということと、やる時間がないということと、どれも急いでやらないといけないということ。
自分の管理不足ではあるんだけど、このくらいの仕事はとっていかないと生活を維持できないし・・・。

ただ、まだまだ集中していない無駄な時間もある。その時間を集中する時間に変えられば決して無理な量じゃないんだよな。

そろそろ子どもたちの迎えの時間だ。今朝は送りのときにちょっとしたことから長女が不機嫌そうだった。どの位置でバイバイするか、というちょっとしたことなんだけど、長女にとっても長男にとっても大事なことで、それぞれの希望の位置が違うから困る。今朝は長男がなんとなく不安定だったので長男の希望の位置にしたのだ。

二人とも元気に帰ってくるかな。長女、金曜日は絵本を借りられる日、どんな絵本を選んでくるかな。

いないいないばぁ

双子達が「にんに、にんに」といいながらやってきた。たぶん「しんじ」っていいたいのだと思う。時々妻の真似をしていう。仕事場のイスの脇の狭いところに二人で入り込んで、いないいないばーを数回して帰っていった。

さ、午後もがんばろう。

引っ込み思案な「幼稚園にいる長男」、と自分

幼稚園で芋掘り、幼稚園の顔

いつか書きたいな、と思っていたことがある。それは長男のこと。長男は家では楽しそうに笑い、姉や妹達と楽しそうに遊び、時には強気になってけんかもしているけれど、幼稚園ではおとなしい。友達をつくるのが苦手なようだ。どこにいっても10分もすると新しい友達をつくってしまう長女とは大違い。

幼稚園で買う写真はしかめっ面のものやぎこちない笑顔のものがほとんど。「幼稚園で外で遊ぶときは一人で遊ぶんだ」とか「今日も一人で遊んだ」という話をきくと胸が苦しい。

心配・・・長男の気持ちがよく分かる。分かるだけに苦しい。なぜ分かるかって、今の外側の自分しか知らない人は信じられないかもしれないけど、自分がそうだったから。

私自身も保育園も幼稚園も好きじゃなかった。好きじゃなかっただけにほとんど記憶にないし、記憶に残っているのも嫌なシーンばかりだ。

幼稚園バスで、他の子達がわいわい話をしている中、一人窓の外を眺めている場面や、楽しそうに遊んでいる子供たちを遠くに見ながら、おやつかなにかで配られる薄いオレンジジュースだけを楽しみに立ち尽くす場面、園外保育で行った公園で女の子達にからかわれている場面。

実は私は3歳か4歳くらいのときにアメリカに一年行っていて、帰ってきたら日本語はきれいさっぱり忘れていて、父とも会話ができないくらいだった。それもあって保育園ではうまくいかなかったのかもしれないと思っていた。(ちなみにその反動か、数年後にはきれいさっぱり英語は忘れて、中学から勉強し直した)

でも長男をみていると、やっぱりそういう性格だったのかな、と思う。「だった」というか本当は今もそうなんだと思う。大学生のときにそれを克服しようとスポーツクラブでバイトしたこともあった。スポーツクラブって実はお客様との会話が仕事の中の大きな部分をしめている。

その後、仕事で強制的に大勢の人の前に、しかも怒っている大勢の人の前に立つという場面が年30回以上数年経験したら、人前にでてこわい、ということはほぼなくなった。

話がそれてしまったけど、友達が少しずつできてきて一緒にいるのが楽しい、と感じ始めたのは小学校に入ってからだったような気がする。

その転機は、運動だ。私は鉄棒や体操、かけっこなど運動が得意だった。小学生のころって運動ができる子はなぜか人気になる。私は人付き合いがあまり得意ではなかったので、人気、とまではいかなかったけど、自分から近づかなくても、向こうから近づいてくれるようになった。

これは大きかった。たぶんそこで初めて友達といると楽しい、ということを知った。そうでなければ自分から話しかけたり友達になったりすることはできなかったんじゃないかと思う。

だから今でも、なかなか積極的になれない子や、引っ込み思案な人は好きだ。自分自身をみているようで応援したくなる。

バス停で、家での顔

長男にもなにかきっかけになれるものをつくってあげたい。まずは、単純だけど、小学校に入るまでに運動を得意にしてあげたいな。これはきっと、ある程度は努力でできることだから。努力といっても親の努力だよね。今はあまりにも時間がなさすぎて外で一緒に遊んであげられる時間がない。これじゃあ運動ができるようになんてならないかも。少しずつでも無理やりでも時間をつくって子供たちの将来のために時間を割きたいと思う。

長女も友達関係でいろいろ悩むこともあるようだ。女の子でもスポーツができたり、勉強ができたりする子は人気があった。もちろんそのためだけ、というわけではないけど、自信を持つための補強材料にするためにも、運動したり、一緒に勉強したり、そういう時間をつくりたいな。

自分に対する自己評価が高い、というのはとっても重要なことだと思う。根拠のない自信でいいと思う。でも根拠があればより楽に自信をもてると思うから、そのための機会は用意してあげたい。

無理はしなくてもいい。別に一人でいたっていいんだ。自分が楽しいと思うことをすればいい。正しいと思うことをすればいい。本当に友達が欲しいと思ったときには、きっといつでもつくれるよ。もし、どうしても寂しいと思ったときには、私はいつも君の味方だということを思い出して欲しい。

長女、おばけ?のかぶり物?をつくる、家族が増えた

みやにー

長女はものをつくるのが大好きだ。この日は着ぐるみをつくった。おばけの「みやにー」ちゃんだ。これをかぶってショーを見せてくれた。

ねています

夜には「ねています」のプレートを作って毛布をかけて寝かせていた。

「からにー」作成中

それをみた長男は自分も作って欲しいとおねだり。

「からにー」の内側

「からにー」も「みやにー」もかぶる人が間違えないように「まえ」と「うしろ」が分かるように書かれている。さらに終わったときに見えるように「おつかれさま」の文字も。

「おきたよ」プレート

「おきたよ」プレートも作成。裏に返すと「ねています」プレートになる。

「からにー」

からにーを装着して長男も大喜び。

三女も

三女もからにーを装着して嬉しそう。

その後、「次女「M」ー」と「やらにー」が加わって今うちには4つ(人?)の家族が増えた。寝る前にはみんなに毛布をかけてプレートを「ねています」にして、朝起きると「おきたよ」にかえる。当面は捨てられないだろうな。

何かを察したのか、長女が妻に「みやにーとかさ、使わないときは大事なものをいれる箱にしたらいいんじゃない」と言っていたという。

今日もAmazonの箱が届いたけど、これ以上は増えないように気をつけないと・・・。

バスで一緒に幼稚園へ

今朝は子どもたちと一緒に路線バスにのって幼稚園に送ってから仕事の打ち合わせの予定。

外はなんだか寒そうだけど、やっぱり一緒に行くのかな。

幼稚園バスの方が外にいる時間が短くてすむから寒くないしもっと長く寝ていられるし、楽だと思うんだけど、子どもたちは一緒に行かれるときは、必ずといっていいほど一緒に行きたいと言う。大人にとっては何でもないんだけど、バスに乗るだけでも楽しいんだろうな。

私としては
・子どもたちの起床時間が1時間早くなる = 朝の仕事時間が1時間短くなる
・出発がぎりぎりになるのでバス停までが慌ただしい
というデメリットもあるけど、やっぱり子どもたちと一緒に行くのは嬉しい。

妻は、幼稚園バスの送迎場所までとはいえ、上の二人に加えて1歳半の双子を連れて外に出るとなると準備だけでもかなり大変。

なので朝、幼稚園バスの時間に私がいるときは私が送りに行って、幼稚園方面へ仕事へ行くときは今日みたいにバスで連れていく。

送迎場所への送り迎えや、路線バスで一緒に幼稚園に行くのはとても楽しい。こんなことができるのも今だけだし。といっても双子達も合わせるとあと5年はあるのかな。

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重松清さんの講演「はやくしなさい!」と仲直り

重松清さんの講演を聞いてきた。


重松清さんの本との出会いは、もう10年くらい前になるだろうか、彼女(今の妻)を車で家まで送ってその帰りに何気なくつけたラジオで定年ゴジラ (講談社文庫)の朗読をきいて、その続きが気になって買って読んだのが最初。

その後、立ち寄った本屋さんで見つけては買って読んでいた。いじめや自殺について扱った

などの重い作品も好きだけど、読み続けているのは

という作品に出会ったから。

基本的には家族や友達の話が多い。どこにでもありそうで、いつか自分も似た状況になりそう、苦しいけどがんばっていて、万事解決とはいかないけど光は見える、そんな作品が多いように思う。元気がないときや生きている意味を見失ってしまったとき、あるいは勘違いしていそうなときに読むと、しみ込むように体に入ってきて、またがんばろう、という気にさせてくれる。

実はこのラジオでの出会いまでは、あまり小説を読むことは無かった。全く読まないということは無いけど、日本の作家で、作家名で探して読む、ということはまず無かった。実は今でも重松清さんしかない。もちろん読むきっかけがないというだけで、好きじゃないから読んでいないということではないので、お勧めの作家さんがいたら教えてくれると嬉しかったりする。

と、本題に入る前までが長くなってしまったが、講演の内容はとてもよかった。
内容はこんな感じ。(テープからおこしたわけでもないし、一日置いて勝手な自分の思いも入っていると思うので、これが全てではないし多少内容も変わってしまっているかもしれないけど、その辺は割り引いて読んでください。)

・多様性が認められる時代になった
 ・それにより選択肢が増えた
 ・迷うことが多くなった。エアコン一つでも迷う、そして直前で判断を変えたり、買った後も後悔したり。
 ・子どもたちも迷う
  ・ファミレスのメニュー選びでも迷う
  ・最近の親が使う一番多い言葉は「はやくしなさい」(昔は「普通は・・」)
  ・「はやく」と言わないであげてほしい
  ・「はやく」と言われると選択することをやめて親などに任せてしまう
   「なんでもいい」「お母さん決めて」
  ・自分で選択していないものは選択した人の責任にできる、したくなる
  ・人生の選択についても同様のことがいえる

・子どもたちが小さなけんかをする機会が減った
 ・一人っ子が増えた
 ・一人っ子でも意識的に小さな子同士で一緒にいられる機会をつくってあげて欲しい
 ・けんかをすると仲直りをする、この仲直りをするという経験が減ってしまった
 ・とても仲のいい友達がたった一回のけんかから傷害に発展することも
 ・仲直りができないのでけんかができない
  ・友達に本音でぶつかれない
  ・本当の友達ができず、友達がたくさんいても寂しい
  ・友達といると気を使う、一人になると気が抜けて楽になる
 ・小さい頃からけんかを経験しいろんな仲直りのパターンを経験させてほしい
 ・自分の本はいろんな「仲直り」を書いている

その他、
 ・多様性が認められるようになったが、悪気はないのだけど偏見はある
  「両親が働いていて家に帰ってくると誰もいないのはかわいそう」
  「一人っ子はわがまま」
  ・これらは想像力の欠如。想像力は重要。
 ・本もたくさん読んでほしい
  ・古今東西のいろんな人が同じ悩みをもっていると思うと少し気が楽になる
という話もあった。

おおまかにいうとこんな感じの内容だったと思う。

自分にとってはとても有意義な内容だった。本や講演は読んだり聞いたりしても時間が経つとだんだんと忘れてしまうのだけど、今回のキーワードは勝手に「多様性」「はやくしなさい」と「仲直り」3つだと思っていて、この2つの言葉だったら忘れないでいられそう。(ちなみに重松清さん自身は「多様性」という言葉は一度も使っていない。)このそれぞれのキーワードを思い浮かべればいろいろと思い出したり、頭の中で発展させることができそう。

ちなみに講演会を聞いている間の約2時間、妻は近くの公園で子どもたち4人をみてくれていた。本当は一緒に聞きたかったのだけど、子供はまずそうな雰囲気だったので私だけが聞くことになった。慌ただしい日常の中、さらに私の仕事が忙しいので、なかなか妻とゆっくり話す機会が持てない。でも、今日はこの講演の様子や内容を伝えてあげよう。

あらたまって面と向かっては言いづらいのだけど、いつもありがとう。感謝してるよ。

お手伝いとおこずかいとおこずかい帳

内田樹さんによると、あまり小さい頃からお金を持たせて買い物などをさせない方がいい、というような内容が書いてあった。

つまり買い物を経験することで、小さな自分でも大人と同様に扱われ「法外な全能感」を感じ、消費するものとして立ち回れば、自分自身そのものとしての価値を問われることなく優位にたてると感じる。

そうすると、「子どもたちは就学以前に消費主体としてすでに自己を確立」してしまうため、「学校でも子どもたちは、『教育サービスの買い手』というポジションを無意識のうちに先取しようと」する。

その結果、「ひらがなを習うことに、どんな意味があるんですか?」という質問がでるようになり、この、これが何の役に立つのかという問いは教育に関しては無意味であるとしている。なぜなら、おおまかにいうと、その問いの答えをきいて、納得できなければ勉強しないということであれば、今の自分の価値判断でしか判断できず、自分を大きく制限するから、とまぁ、第一章に関してはだいたいこんな内容だったと思う。

ちょっとややこしい話になってしまったけど、なるほどなぁ、と思うところはある。とはいってもやはり金銭感覚を持つことも重要だと思う。それにこの本を読んだ時には既に何度も買い物は経験済みだった。長女は4月から6歳になる。今年から年長、来年ははやくも小学生だ。

長女は1年くらい前から習い事をしているのだけど、終わった後に100円を渡して、駄菓子屋で100円分自分で好きなものを選んで自分で買う、ということをやっている。10円、20円、30円くらいのものがほとんどなので意外にすぐに慣れて、私たちは駄菓子屋の外で待っていて、長女は長男を連れて長男の分も含めて勝手に買ってくるようになった。

そして最近お手伝いをしたときにおこずかいをあげるようにしていたら、お手伝い=おこずかい=お金、のようになってしまって何か考えなきゃな、と思っていた。

そして内田樹さん的にいうと「労働主体」としての自己も確立してもらいたいという意味からすると、お手伝い=おこずかいというのはやっぱりまずくて、お手伝い=家族の一員として当然のこと、となって欲しいとは思う。

そんなこんなでいろいろ妥協して出てきた結果がこれ。

おこずかい帳

おこずかい帳

まず、手伝いをするのは前提。それが普通にちゃんとされていた場合は週に1回決まった日に決まった金額をおこずかいとしてあげる。で、必ずおこずかい帳をつける。入金はもちろんだけど、出金も。ちゃんとお手伝いができていなかったり、おこずかい帳がちゃんとつけられていなかったら、その週はおこずかい無し。

金額は今のところ、年中の長女は週200円、年少の長男は週100円。ちょっと多いかな、とも思ったけど、ほとんどは貯金箱に直行しているから、まぁ、いいかな、と。

こんな感じでスタートしたのだけど、いつまで続くだろう。これを続けるのは当面親のサポートも必要だから。この方法も確信があるわけじゃないから、もっといろいろ考えていい方向に変えていきたいな、とは思ってる。

額の上に2枚の冷たいタオル

熱がでた。

その日の夜は近所の人が30世帯くらい集まってのちょっとしたパーティーがある日で、それを楽しみにしていた。熱自体は大丈夫だったのだけど、数日前に同席した人と似た症状で、その方がインフルエンザであることが分かったのでまき散らさないためにも遠慮した。

妻が子供たちをそこへ連れていっている間にだんだんと熱もあがってきたので、先に寝ておくことにした。10時ごろだろうか、ふと気付くと子供たちの声がした。

いつの間にか頭の下には氷枕。そして長女と長男でどっちが冷やしたタオルを私の額に乗せるかでけんかしているようだ。

また意識は遠のいて30分くらいあとだろうか、長女は私の肩にぴったり寄り添ってる。私の額には2枚のタオルが重ねて置かれていた。なるほどそういう解決策があったか。

ちょっといい気分になってまた眠りについた。

大切な手袋をなくしてしまいました

幼稚園でもちつきがあり、その手伝いで妻が幼稚園にでかけた。幼稚園の手伝いや保育参加などは、本人にパパに行って欲しいかママに行って欲しいか確認するのだけど、たいがい長男は妻を選び、長男は私を選ぶ。この日は年少の手伝い、ということで順当に妻が選ばれた。

さすがにもちつきの手伝いに1歳半の双子を連れていっては役に立つどころかむしろ迷惑になるので、手伝いに行っている間は私が見ることになる。

かなり寒かったので完全防備9時半に出発して11時くらいまでは調子がよかったのだけど、眠気もあるのだろう、だんだんとぐずってくる。本格的にぐずる前に散歩にでることにした。

いつもなら駅に向かうのだけど、妻が幼稚園に車で行っているので徒歩30分くらいの幼稚園に向かい、帰りは車で帰ってこようと思った。

途中の公園でカモを見たりして楽しんでいたのだけど、予想通り眠そうにし始めた。

次女はベビーカーで寝るときはあまり背中をつけて寝るのが好きではないらしく、電車で半分眠りながら頭をフラフラさせている人のような状態になった。何度背中をつけてあげようとしても抵抗する。というわけでそのまま前のめりに寝かせた。

そして幼稚園までは順調に到着した。ところが、そこでさっきまではめていた手袋がないことに気付いた。次女を寝かせたり写真を撮ったりするためにはずして、どうやらどこかに落としてしまったらしい。

この手袋、実はもう7年くらい前に妻のお父さんにもらったものだ。当時まだ結婚までは意識していなかった二人を手袋専門店に連れていってくれてフィッティングまでしてプレゼントしてくれた。妻のお兄さんと私は高校の同級生という関係ということもあり、妻のお父さんがどう思っているかちょっと不安に思っていた次期だったかと思う。それもあって一緒にでかけたことも嬉しかったし、自分では絶対に買わないような高価な、確か「セルモネータ」というグローブをプレゼントしてくれたことが本当に嬉しかった。

人生で手袋をはめたのはスキーのときくらいだった私だが、それ以降は冬になるとこれをはめて手袋の暖かさと「カッコよさ」を味わっていた。なんでも無くしがちな私は、これだけは無くさないようにシーズンオフには来期の冬に必ず着るであろう上着のポケットの中に入れておいた。おかげでこれまでずっと使い続けてこられた。つくりもしっかりしているのだろう、親指の付け根にかすかにほつれができてたものの、ほとんど買った当時と変わらない状態だった。

にもかかわらず、手袋をはめている時になくしてしまうとは。幼稚園についたのはちょうど12時で妻の手伝いが終わる時間だったけれど、迷わず来た道を戻った。注意深く探したけれど、それは見つからなかった。ベビーカーやかばんのどこかにあるかも、という一縷の望みも帰ってすぐにむなしく断たれた。

形あるもの、いつかは壊れたりなくなったりしてしまうものだとは思う。でもあの手袋だけはずっと持っていたかった。ブログにのせるのに写真を探してみたけれど、パソコンに入っている33000枚以上の写真の中にも見つからなかった。そもそも私が写っている写真は少ないし、寒いとき、しかも外で撮った写真となると数はかなり限られるし、私のカメラで撮った写真なので、私が誰かにカメラを渡すときにはまぁ手袋をとって渡すだろうから、写っていることはないのだ。

というわけでかなりがっくりきてしまったのだけど、いつか自分で同じような手袋を、手袋専門店でフィッティングしてもらって買いたいと思う。もちろん、「手袋」が欲しいからではないけど。